第2幕
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***
海外遠征と聞き、ミッチェルは真っ先に同行を志願した。ギルドなどという組織に身を置いている理由はただ一つ、実家の立て直しのためだ。
功績を挙げればフィッツジェラルドはそれに報いてくれる。成金だから信じられる。金が全てだと言い切るような男だからこそ、部下を金で保ち続けているのだから。
アタシはこの遠征に、戦争に、賭けている。
「物資は第三船倉に運んで。食料は第二船倉よ」
船員達はミッチェルの指示に従って荷物を運び入れている。この船は今回の遠征の要だ。ギルドはこの異国の港町に拠点を持てない。この船がギルドの拠点となる。
「こんな街、買い取っちゃえば良いのに。そうしたら戦争もやりやすくなるわ」
フィッツジェラルドの財ならば可能だろう。しかし彼はそれをしなかった。曰く、金で買えない厄介な組織がいるのだという。
金で解決できないのならば、武力で解決する。それがギルドの長のやり方だ。
「すみません」
ふと小柄な船員が箱を手にミッチェルに話しかけてくる。
「こちらの荷物は個人宛のようですが、いかがしましょう」
「個人宛?」
見れば箱の宛先には"Louisa May Alcott"と書いてある。中身は珈琲だ。個人的に頼んだ物だろう。
「船倉じゃ紛れちゃうわね……後で連絡しておくから、彼女の部屋に運び入れてちょうだい」
「了解しました」
船員が一礼して船内へ入っていく。個人宛の荷物もあるとは聞いていなかったが、まだあるなら分別が面倒だ。
ギルドの同僚は皆、膨大な量の荷物が保管されている船倉に入って自ら探すようなことはしない。ミッチェルが怒られるのが関の山だ。
「……何でアタシがこんなことを」
しかし任務は任務。ミッチェルは自らの指示で動いている船員達を見、大きくため息をついた。
***
「潜入完了しました」
偽装した箱を【テンペスト】で粉々にし、クリスは耳元に手を当てた。福沢に繋がっているその通信機はイヤホン型で、ボタンの押下で通信が可能になる。片手が塞がるのが欠点だが小型で邪魔にならず、髪で隠れるので愛用している型だ。
『状況は』
「補給中です。食料や燃料が主で、武器や弾薬は少ないですね。異能力を主戦力にしていくつもりのようです」
『敵戦力は』
「異能者が二人、甲板にいます。一人はナサニエル・ホーソーン。異能力は物質操作、媒体は自身の血です。芥川さんと同系統と言えばわかりやすいでしょうか。手合わせるなら芥川さんと戦い慣れている人が適切かと。もう一人はマーガレット・ミッチェル。風化の異能者なので、手帳を媒体にしている国木田さんには厳しい相手かもしれません」
ならば太宰と敦か、と言う福沢に是と答える。
「船はあと二時間程、港に留まると思われます。位置はおわかりですね」
『貴殿につけた発信機は正常に作動中だ。急ぎそちらに社員を向かわせる』
「補給中で船員が多い。いくらそちらの社員が優秀とはいえ、見つかれば囲まれるでしょう。無理はしないよう伝えてください」
福沢との通信が切れる。通信機から手を離し、クリスは船内を走った。おおよその構造を把握するためだ。
ポートマフィアに人数が、ギルドに財が劣る武装探偵社は奇襲を主な戦略として敵に対抗する手段を選んだ。奇襲作戦で重要なのは、どこを攻撃すると相手にとって手痛いかを把握することだ。ギルドにとっては金で買える消耗品を攻撃したところで大した意味はない。金で買えないもの、もしくは金で買うには時間がかかるものを攻撃するのが望ましい。
例えば、この船。
「……まずは燃料関係か」
できればギルドの異能者の面々も把握しておきたい。金持ち集団のことだ、主戦力一人一人に部屋が割り当てられているはず。そこを探れば異能者が何人来ているかくらいはわかるだろう。
大体の目星をつけ、クリスは足音もなく船内を駆けた。
***
クリスとの通信が切れ、講堂が静まり返る。ちら、と福沢は太宰へ目をやった。頷き、彼は立ち上がる。
「敦君、行こうか」
「……あ、はい」
一瞬遅れて敦が太宰の後を追い講堂を出て行く。二人がいなくなった講堂はさらに広く感じられた。
「社長」
しばらく口を閉ざしたままだった国木田が、ようやく顔を上げる。
「……彼女が敵の間諜だと、お考えですか」
「その可能性を考慮し、このようにした」
探偵社と交流のあった少女は実は元諜報員で、彼女と取引をした結果一戦力として敵の懐に忍ばせることとした。真実の一部を省いたその報告は社員に衝撃を与えている。国木田が最も混乱しているようだった。通信機から度々聞こえてくる声はいつものもの、しかしその内容は間違いなく敏腕の諜報員のものなのだから、戸惑うのも仕方がない。
「……探偵社に近付いたのも、何か意図があったからか」
「国木田さん、落ち着いてください」
動揺を隠せない弱々しい声で、谷崎が国木田に話しかける。
「まだスパイと決まったわけじゃないですよ。元諜報員ってだけで……現に今、ギルドの情報を教えてくれているじゃないですか」
「だがどこまで信じ切れるかはわからん。現に彼女は教えてもいないのに社員全員の異能を把握している。俺は」
言葉を切り、国木田は唇を噛む。
「……探偵社を危機に晒したかもしれん」
「アンタだけじゃないさ」
与謝野が国木田に近付き、腰に手を当てた。彼女もまた考え込んでいたが、今は立ち直っている。
「妾達はあの子と仲良くお喋りしていた。アンタが自分を責めるのなら、妾達も同罪さ。今太宰達が真偽を確かめに向かってる。あの子の言う通り元諜報員ならギルドに一泡吹かせてやれるし、そうじゃないならいつでも捕まえられる。何より乱歩さんがクリスの参戦を提案したっていうじゃないか。今は状況を見守るしかないよ」
そう、状況を見守るしかないのだ。福沢の横で乱歩は暇そうに机に突っ伏している。
乱歩は彼女を敵の潜入捜査員ではないと断言した。その言葉は信用できる。しかし乱歩はこうも言ったのだ。
――今はまだ、無害だ。
いつ有害となるか。それを見極める必要がある。
福沢はクリスと繋がっている通信機へ目を移した。彼女が異能者であることは乱歩から聞いている。社員には伝えなかったこの事実があるからこそ、彼女は無事に任務を遂行すると断言できる。
この事実があるからこそ、福沢は彼女を信じ切ることができない。
それでも彼女を使うのは、クリスがギルドという未知の敵に詳しいからだ。
「……谷崎」
しばらく押し黙っていた国木田が不意に立ち上がる。
「太宰達がギルドへ向かっている間、俺達はポートマフィアを警戒する。先程空港の警備会社から不審な輸送機の通報があった。奴らは人数そして武器の数に秀でる。輸送路を特定し刈り取るぞ」
「はい」
何かを振り切るような言い方は、国木田なりの決意表明だろう。どんな状況になろうとも、国木田は己を見失うことも他者をないがしろにすることもない。どれほどの衝撃が彼を襲おうとも、彼はこの街を守るために拳銃を手にする。
そういう男だ。
二人が出て行った直後、ふと福沢の電話が鳴る。見れば、太宰からだった。
『社長、クリスちゃんと連絡取れますか』
「何があった」
『港で爆発があったみたいで、立ち入り禁止になってます。方角的にクリスちゃんがいる辺りなんですけど』
太宰が言い終わる前に、ピピ、と通信機が音を発する。クリスからの通信だ。
『連絡が遅れました、今船が爆撃を受けています。船への工作をする作戦は難しくなりました』
「今太宰から連絡が来ている。爆撃というのは」
『ポートマフィアに先手を取られました。梶井さんによる爆弾攻撃です。もうこの船は使えそうにありませんし、この様子だとギルドよりもポートマフィアを警戒した方が良さそうですね。オフェンス組のどちらかを拠点に戻すことを提案します。それと、船の中を見た結果他に来ている異能者がわかって』
ブツ、と通信が途絶える。何事かと思えば、すぐにクリスの声が聞こえてきた。
『すみません、芥川さんに見つかりました。通信切りますね。後程ご連絡します』
それきりクリスの声は聞こえなくなる。芥川、という言葉に社員がどよめいた。
芥川はポートマフィアの殺戮者だ。彼に見つかったとあっさり言っていたが、無事で済むものか。
「太宰、聞こえたか」
『ええばっちりと。じゃあ私達は戻りますね……敦君、叫ばないでおくれよ。助けなど不要だよ。芥川君の目的はギルドの異能力者。我々が船に目を付けていたことはあちらには気付かれていないはずだからね。それに、クリスちゃんなら逃げ切れるよ』
太宰はポートマフィアに囚われていた時、クリスと建物内で遭遇している。本当は内緒なんですけどね、とそれを伝えてきた太宰だが、彼の目に笑みはなかった。その太宰が断言しているのだ、問題はないだろう。
太宰に戻ってくるように言い、電話を切る。そして福沢は心配そうにこちらを見る賢治と与謝野の目を見返した。
「案ずるな」
太宰が言うのならばクリスは無事だ。気にするべきは、ポートマフィア。彼らはまずギルドに対して拠点落としを遂行した。
ならばこちらには何をしてくるか。
福沢の目に険が宿る。