第2幕
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***
福沢は一人外を歩いていた。散歩ではない。この鬼気迫った状況を考えてのことだった。
敦と共にお使い程度の任務を渡した元ポートマフィアの娘の携帯電話に着信が入り、国木田と賢治がその信号を元に急行した。ポートマフィアとの激突を予測しての動きだった。
しかしその結果得たものは息も絶え絶えの社員。与謝野の異能力で無事ではあるものの、与謝野は非常時の戦力だ。頻繁に必要になるような事態など、許されるものではない。
その一方で得たものもある。社員と共に与謝野によって治癒された、ポートマフィア幹部の尾崎紅葉。幹部級の捕縛が意図せずできたのは大きい。
そして。
――仰せのままに。
そう言って胸に手を添えた少女の姿を思い出す。
――わたしには叶えなければいけない願いがあります。何を虐げてでもわたしはそれを叶える。例えそれが、わたし自身であったとしても。
だから彼女は福沢の言葉に頷いた。追われている身で、敵の懐を探る。それは一番恐ろしいことだろう。しかしギルドに関して何一つ情報がなく手を打てない探偵社には、彼女は最適な駒だった。例え彼女がすでに敵の駒だったとしても、こちらの監視下ならば探偵社内の状況を勘ぐられる危険は幾許かは減る。敵への間諜をさせていれば、探偵社の人間と関わる回数も限られてくる。
探偵社を守る上では最良の決断だと言えた。
しかし心が痛むのもまた真実。敦と同じくらいの年頃の娘に過酷な選択を迫ったのだと、福沢はわかっている。
懐から携帯電話を取り出し、福沢は国木田に繋いだ。遅かれ早かれ事態は戦争へと変貌する。人員に限りのある探偵社が生き残るためには、一早い行動が鍵となる。
『晩香堂、ですか?』
電話口の国木田の声は戸惑いが含まれている。まさか拠点を移すなど思っても見なかったのだろう。
「あの講堂は限られた者だけが知る場所。我々探偵社はポートマフィアおよびギルドに対して数に劣る、拠点を秘匿せねば圧され潰れる」
『……戦争になると、お考えですか』
「準備に早すぎることはない。急ぎ社員を向かわせよ。私もすぐに」
ふと、福沢は足を止めた。
足音、息遣い。
――刺客か。
電話が切れる。妨害電波だ。
すぐさま飛び出してきた影は四方から福沢に飛びかかってくる。その手にはナイフ。銃声で人を呼ぶことを恐れたか。
伸ばされてくる手首を掴み、その飛び込んでくる勢いを殺さぬまま背後に引っ張る。駆け込んできた男の体はよろけ、他の刺客を妨げた。そのまま腕を捻り上げ、後方に投げる。と同時に背中を狙ってきたナイフをその手ごと掴み、引き込みながら前方へと捻りつつ、地面に叩きつけた。ぐるりと回転した刺客の体は受け身を取れず難なく動かなくなる。残るは二人。怖気付くも再び飛びかかってくる彼らもまた同様にいなし、福沢は地面に倒れ伏した刺客達を見遣る。
彼らはポートマフィアの刺客か。それともギルドの刺客か。判断はつかない。
しかし思うことは一つだ。
「良き心掛けだ」
痛みに耐える彼らにも聞き取れるよう、声を張り上げる。
「狙うならば今後も私のみを狙え。私の部下に手を出した時は、如何なる手段を用いても貴君の首をへし折りに参上する。……今の言葉、一語一句違わず主に申し伝えよ」
呻き声を背に、福沢は再び歩き出す。
考えるべきことは多い。まずはポートマフィアだ。長年敵対してきた森が探偵社の拠点移動を察しないわけがない。彼から拠点を秘匿する必要があるが、もしかしたらもう手を打ってきているか。そしてギルド。こちらは手を打ってはいるものの、どれほどの成果が見込まれるかは不明だ。乱歩に彼女の動向から目を離さぬよう伝えてはあるが、彼女に手渡した発信機だけでは幾らでも誤魔化しが効くというもの。ましてや元諜報員ともなれば、その手段は持ち合わせているだろう。
しかし彼女が早々に探偵社へ刃を向けるとは思えない。それは、彼女と顔を合わせたが故に明言できる。
会えばわかる、と乱歩は言った。その言葉の意味は、そのままの意味だった。
福沢は少女の青の眼差しを思い出した。緑の輝きも有したその色は、揺らぎこそすれ逸されることはなく、福沢を見据えていた。初対面であれほど真っ直ぐに福沢の視線を受け止めきった者はそうそういない。
その理由は、少女の心に宿った炎。
彼女は何かを望んでいる。その望みのためならば、己の身の危険すら顧みないだろう。その覚悟が、あの眼差しにはあった。
それはこちらとて同じ。そして他の組織もまた。
「……戦争が始まるか」
福沢は息を吐いた。