第2幕
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***
森がエリスと共に向かった路地の先には、袋小路がある。そこには見慣れた人間達が集まっていた。
ふと、彼らは地に膝をつき頭を垂れる。己の長へ忠誠を誓う騎士のように。
円を描く彼らの中央には、血溜まりが一つ。きっちりとした上品なスーツが勿体なく思えるほどに、その姿は人としての形を歪められている。ギルドの刺客だ。
「敵対者は徹底的に潰して殺す。それが我々ポートマフィアのやり方だ」
否を唱える者はこの場に一人もいない。いたとしたら、それもまた敵対者。
「さて、今後の最適解としては……」
言いかけ、ふと森は考え込んだ。
今日は虎の少年の実力を見ることができた。いつもは椅子に座り指示を出しているだけだが、やはりあの躍動感、相手を追い詰める時の高揚感は素晴らしい。是非とも己もあれほどの高ぶりの中で戦ってみたいものだ。しかし今の自分には優秀な部下がいる。彼らを使うのが、今の森の立場だった。
「中也君」
「はい」
森に呼ばれ、中也が答える。
「ネズミが一匹。君に任せよう。さて、どうする?」
「無論」
ザッと部下達が立ち上がる。帽子を被り、中也は口の端を釣り上げた。
「殺します」
十分すぎる答えだ。
中也一人を置いて、森は部下と共にその場を立ち去る。死体処理は後で手を回そう。
今だと、二度手間になるやもしれぬのだから。
***
自分一人と死体一つだけとなった袋小路に、中也は佇んでいた。音はない。気配もない。しかし確かに、いる。
「――出て来いよ、ネズミ野郎。俺が相手してやる」
一呼吸分の沈黙。そして。
コツ、と靴音が影から聞こえてきた。それは森達が姿を消した方向からやって来る。どこかに隠れていたのだろう。しかし、と中也は口端を上げる。
どんな相手でも手加減はしない。探偵社であろうと、ギルドであろうとだ。
靴音と共に暗闇から現れた姿はしかし、中也の予想とは違うものだった。
「……女のガキ?」
そこにいたのは、亜麻色の髪の少女だった。少女とはいえエリス嬢よりは年上だ。身長もあって成人しているようにも見える。しかし顔つきには幼さがあった。
「見ねえ顔だな。ギルドの人間か」
「残念ながら、ギルドの人間でも探偵社の人間でもない」
淡々とした声は袋小路によく響いた。
「勿論、ポートマフィアの人間でもない」
「んなこたァわかってる。何者だ」
「その問いへの答えは持ち合わせていない」
「……苛々する野郎だな」
これ以上話をするのも鬱陶しい。力でねじ伏せ、拷問した方が早い。最も「ネズミを殺せ」というのが首領からの命令である以上、拷問する気もないが。
「大人しく――死にやがれ!」
駆け出し、拳を叩き込む。その素早い動きに女は目を見張るだけで動けない。拳は確かに女の肩口を砕いた。
はずだった。
「な……!」
女は変わらずそこに立っている。なぜだ、吹き飛んでも良いはずなのに。戸惑う中也はしかし、肩口を狙った拳の違和感に気付く。
冷たい。
見れば女に届き切らなかった拳が氷に覆われていく。異能力か。
「ちッ」
拳を振り払って飛びのき距離を取る。女の眼前に、その体を守るように透明な壁が発生していた。氷だ。咄嗟に出したのだろう。
「……氷の異能力ってところか……なら」
近くにあったドラム缶に触れ、異能力を発動。ドラム缶を女へと投げつける。先程よりも威力の大きいそれに、女は一瞬の判断の後、氷の壁から飛び退いた。氷の壁は見事に割れ、ドラム缶は地面にめり込む。女はそのドラム缶の後ろに降り立ち中也を見返した。
普通の奴なら何も考えずに受け止めようとして下敷きになるのだが、このネズミはなかなか勘が冴える。
「なかなか良い動きをするじゃねえか。じゃあ次は――」
「あ」
突然、女が声を上げる。何かを思いついたかのようにポンと手のひらに拳を当てた。
「わかった」
「何が」
律儀にも尋ねる中也に、女は指を差す。
「中原中也さん」
「あァ? それが何だって」
言い切る前に、中也は気付いた。
この女は中也の名を当てた。異能力を見て、だ。つまりこの女は。
「……手前、何で俺の名と異能を知っていやがる」
――あらかじめ、ポートマフィアに属する人間の名前と異能力を把握していたことになる。
中也の問いに、女は自らのこめかみを人差し指で軽く叩いた。陽気ささえ窺えるその仕草に中也は眉を動かす。全て、その頭に入っているということか。
「んじゃその頭ごと潰してやらァ!」
相手に触れてしまえばこちらのものだ、地面にへばりつかせることができる。おおよそあの防護壁も芥川のものと同じく持続性はあまりない。ならば接近戦に持ち込めば、肉弾戦を得意とする中也が圧倒的有利だ。
駆けた足跡は地面にめり込む。常人ならない速さと重さで駆ける中也に少女は両手を向けた。氷の粒が中也を襲う。これしき、どうという事はない。
重力操作で弾き返しながら真正面から突っ込んでいく。
「んなちっせえ目眩まし、効かねえんだよ」
眼前に女が迫る。逃げる様子はない。こちらの攻撃を受け止める気か。上等だ。
拳を構える。これに少しでも触れれば、相手がどんなに巨体であろうと無事では済まない。この程度の女なら生死の境を彷徨うことなく死ぬだろう。ネズミ退治など簡単な仕事だ。
そう思った、刹那。
――目を刺すような痛みが中也を襲った。
「ッぐ……?」
拳が宙を切る。一瞬気の逸れた中也の動きを見切り、女がしゃがみこむ。そして懐をかいくぐって駆けた。背後に回られたのだ。急いで振り返った中也はしかし、目元を押さえてうずくまった。
瞼が目に張り付いて動かない。目の中に氷が入ったのか、それとも何か仕込んだのか。無理にこじ開けようとしても、痛みが増えるばかりだ。
「目の中の水分量を調整させてもらった。時間が経てば動けるようになる」
女の声が聞こえる。
「ごめんなさい。あなたは強いから、逃れるにはこの方法しかなかった」
「て、めえッ……!」
拳で地面を叩けば、硬いそれは大きな破片となる。その欠片を女がいる方向へと飛ばした。が、難なく躱される気配。目が見えない状態での無闇な攻撃は無駄だ。
女の駆けていく足音が遠ざかっていく。とんだ茶番だ。苛立ちを込めて地面を叩き割り、中也は拳を強く握り締めた。