第4幕
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ふと脱力すれば、その感覚は唇から離れていった。それでも手を伸ばすより近くに国木田の顔はある。僅かに濡れた唇が相手の吐息を受けてひやりと冷え込む。
ゆっくりと顔を離して、向き合った。視線が合う、熱に揺れる互いが互いの目に映っている。
どちらからともなく微笑んだ。
――微笑んだ、はずだった。
クリスは顔を伏せた。どうしてそうしてしまったのか、わからなかった。顔を逸らして、隠さなければいけないと思ってしまった。
今の、一瞬。
抱いてしまった気持ちを。
けれど隠しきれず、手は国木田の服を強く掴んでしまう。縋りつくように額をその胸元へ押し付けてしまう。
喘鳴が、漏れてしまう。
強く目を閉じて、口を引き結んで、それでも肩は震え嗚咽は漏れ出てしまう。
「……や、だ」
また、目元にじわりと涙がにじみ出ている。
「やだよ」
言ってはいけない。願ってはいけない。それは叶わないことなのだ。もう既に事は起こった。あとは、この部屋だけなのだ。
国木田だけなのだ。
「やだよぉ……」
隠すように手で目を拭う。それでも、数滴が国木田の胸元へ落ちてしまう。
「クリス」
戸惑ったような声が名前を呼んでくる。嬉しいはずのそれが、今は悲しい。
「ごめん、なさい」
言葉が止まらない。
「ごめんなさい、ほんとは、わらって、さよならが、したかった、のに」
手記の記述を思い出す。ウィリアムがベンに言った言葉を思い出す。
――死にたくないよ。
そうだね、ウィリアム。
君も、わたしも、馬鹿だ。
他に方法があったかもしれないのに――誰かに相談すれば良かったのに、結局わたし達はこうした結末しか選べないんだ。
「きえたくない」
思いが止まらない。縋りついて、泣いて、そんなこと全て無駄だとわかっているのに。
「消えたくないよ」
そんなことを口にしたって、叶わないのに。
「国木田さんと、ずっと、生きていたい」
死にたいと思った時もあった。生きることがつらい時もあった。何も感じないまま毎日を過ごした時もあった。死は憧れだった。全てなくなってしまえば、と願ったことも一度ではない。
なのに、今は、こんなにも。
「国木田さん……」
名前を呼ぶ。目を開けて、顔を上げる。にじんで歪んだ視界の中で、国木田が気圧されたような顔で――しかし事実を知った顔で、否定に首を振っている。
視界の隅を泳ぐ光の粒子と、それに全身を包まれ始めたクリスを見て、嘘だ、と、子供のようなことを呟いている。
「クリス」
「国木田さん、お願い」
「やめろ、待ってくれ」
「どうか、わたしを」
光が包み込んでくる。視界が白くなっていく。その中で、目の前の人を見つめて。
瞬きを堪えて、涙の奥から見つめて、そして。
「わたしを、忘れないで……!」
光が視界を覆う。何も見えなくなる。脳裏に焼き付いたその顔が、苦痛を宿したまま名前を呼んできて。
光が集まり、一つになり、そして。
国木田の腕の中から――綿毛が飛び立つように、風が花びらを攫うように――少女の姿は光を散らして宙に失せた。