第2幕
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――パチン、と壁のスイッチが押された瞬間、薄暗かった部屋が一気に華やいだ。照明が点いたのだ。まるで真っ暗な壁へ映像を映したかのように、突如それは目の前に現れる。
「……すごい」
少女は呆然とそれに見入る。
そこにあったのは大きな本棚だった。壁という壁にそれが立ち並び、隙間なく本の背表紙が敷き詰められている。一望するだけではどれが何の本なのかはわからない。それでも、その光景を見回す少女の青い目は感嘆に見開かれたままだ。
「この棚にある本が聖書及び聖書に関する書物です」
あちこちを眺めながら部屋の中に入った少女へ、先に部屋へと入っていた男が告げる。その指先は本棚の一つを差していた。そちらへと少女が歩み寄り、足りない背を伸ばすようにつま先立つ。
「これが、神の言葉?」
「ええ」
「全て?」
「そうです」
頷いた男から目を離し、少女は整然と並んだ本を眺めた。男が見守る中、少女は本棚へとそっと近付き、手を伸ばし、その背表紙に触れる。柔らかな布地、そこに張り付いた金字の表題。少女は物珍しそうにそれを撫で、そして本棚に手をかけ指を伸ばす。ようやく触れた背表紙の上に指の腹をかけ、引き出そうとした。
しかし、彼女の小さな手は不安定に引き出された本を掴み取ることができなかった。本が手から抜け落ちる。
「あ」
少女が声を上げる。それに応えるように本は――周囲の本達と共に少女へと降りかかった。
「わ、わわわ……!」
ドサドサと落ちてくるそれを首を縮め頭を抱えてやり過ごそうとする。けれどそれだけでは足りず、少女は床に座り込んだ。本の雪崩は一瞬で終わり、はあ、と少女は足下に転がった数冊の本を見下ろして安堵の息をつく。しかし「おや」と男が呟いたその時、遅れて一冊、少女へと落ちてきた。
ゴン、と思い音が少女の頭頂部と本の衝突によって生じる。
「あ痛ッ」
小さな声を上げてくらりと少女が仰け反った。
「……おやおや、大丈夫ですか?」
男が少女のそばへと歩み寄り、膝をつく。頭を抱えて涙目になっていた少女はしかし、差し出された手から逃げるように身を竦めた。反射的な行動、先程まで歓喜に似た感嘆に満ちていた青の目は、恐怖の色に変わって男を凝視している。
男は何かを考えるように黙った。そして、一つため息をつく。
「……先は長そうですね」
その言葉の意味は、少女にはわからなかった。ただ、怒られるのだと察した。慌てて本を拾い上げ、乱雑に表紙を広げてしまったそれを一つ一つ見て傷がないかを確かめる。
「ごめんなさい、たぶん大丈夫だと思います」
「違いますよ」
少女の言葉を男は否定した。少女は怯えるように体を強張らせる。
「本ではなく、あなたに怪我がないかと言ったのです」
補足した男の声は柔らかかった。生真面目さの窺えるそれは、明らかに優しい響きを持っている。それを少女は不思議そうに見つめた。
「……あの、先生」
「私の名はナサニエル・ホーソーン。神に仕える者ですが、先生ではありません」
「えっと、じゃあ、ホーソーン……どうして、そんなことを?」
「本よりあなたのことが心配だからですよ」
「なぜ?」
「あなたがギルドの仲間だからです」
「仲間……?」
クリス、と男は少女を呼んだ。床に座り込んだままの少女の顔を覗き込み、彼は諭すように続ける。
「あなたに神を教えます。あなたが学んできた神ではない、本当の神を。信じるのは難しいでしょう。それでも良い。まずは私を信じなさい。あなたに信じてもらえるよう、私も務めますから」
男を、少女は見上げた。見上げ続けていた。初めて見るものを目の前にしているように、その青の目を見開く。
「信じる……?」
少女はそれを反芻した。読み上げるような単調な声で、それを呟いた。
懐かしいものを思い出しかけているかのように、呟いていた。
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