第4幕
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***
取調室の中は物が散らばっていた。備え付けのテーブルは両断され、床には同様に両断されたお猪口が転がっている。人の手が切ったとは思えないほどの綺麗な切り口を露出させるそれらを前に、福沢も福地も動じることなく椅子に座って向かい合っているのだった。
「……探偵社員一人でも残っている限り、か」
福地が呟くように福沢の言葉を反芻する。
「悪手だぞ福沢」
手錠に繋がる鎖を机に固定されている福沢は、取り調べ室の椅子に座ったまま、目の前に立つ福地を静かに見上げている。
「既に女医は捕らえた。国木田の行方もまた儂は把握しておる。社員全員が捕まるまで時間の問題だぞ」
「それでも、私の部下が勝つ」
「……あの一匹狼がそこまで言うか」
なら、と福地は目を細め、椅子の背もたれへと寄り掛かった。
「外ツ国生まれの少女はどうだ」
その言葉に福沢は視線を僅かに上げただけだった。その薄い反応に、しかし無ではない反応に、福地は瞬きもないまま言葉を続ける。
「奇妙な少女と知り合ったものだな。これほど情報が出ない人間に儂も会ったことがない。巧妙に隠されている」
「……誰のことだ」
「クリス・マーロウという名であることはわかっている」
やはり福沢は無表情のまま、微動だにせず福地を見つめている。
「知らんとは言わせんぞ。目撃情報もある。目撃情報しかない、と言う方が正しいがな。……奴について知っていることを言え。あれは危険だ。儂の直感がそう言っている。その少女は野放しにはしておけん。……わかるだろう?」
福沢は何も言わなかった。トン、トン、と福地は指の腹でテーブルを叩く。
「今、儂の部下が情報を集めておる。奴は軍警と一度やり合ったそうだな。連続猟奇殺人事件だったか……探偵社の功績の一つよ。その時の目撃情報が集まっておる。曰く、闇夜に銀刃走りて銃弾をも刻み、その青の眼に依りて暴風吹き荒れん、血を被りし姿は戦神が如く、皆揃いて不戦敗を悟らん……そのような相手ならば手合わせしてみたい気もしてくる。絶賛ばかりだったぞ。異常なほどにな」
トン、とテーブルを叩いた後、福地の指はピタリと止まった。
「……異常だ。これほどの話、儂とてそう遭遇できるものではない。そして経験からわかることがある」
言い淀みもせず、しかし声音を低め、福地は言った。
「あれは既に人ではない。――武器、兵器だ」
万人に畏怖を与える存在。数の差をものともせず、全てを虐げ得る異物。
それは人が得る評価ではない。銃や爆弾のような――福地のような、人に必要とされ人に作られ人に使役される殺戮道具が得るものだ。
「放置しておけば必ず世界に刃向かってくる。本人の意思でなくとも、それを利用しようとする輩が世界にはごまんといる。奴に比べれば十万の異能実験体群など生ぬるかろう。それをわからぬままの貴様でもあるまい」
相手の思考を読もうとする目が福沢を見据える。それを躱すでもなく福沢は受け止め、動揺の一つのないまま見返す。
沈黙。
静寂。
間合いの読み合いに似た、無音。
「生憎言うことはない」
張り詰めた緊迫を崩さないまま、福沢は端的に告げた。睨むとは違う、窺い見るような目つきの後、福地は肩から大きくため息をつく。やはりか、と言わんばかりの様子だった。
「そういうところは変わらんな……まあ良い、その反応、少なくとも探偵社の知り合いであることは確かなようだからな。それさえわかれば儂の部下ならばすぐに詳細を把握し少女を捕縛する」
「ほう」
ふと、福沢が声を漏らした。
「貴君の部下が、彼女をか」
それは先程までとは違う――面白がっている様子だった。笑みとも言えた。部下を次々に捕縛されている社長の浮かべる表情ではない。
「何だ、何が言いたい。儂の部下でさえ奴を仕留めるには不足と?」
「いや、そうではない」
福地の言葉に、福沢は懐かしむような顔のまま口元に弧を描いた。
「だが貴君らには無理だ、源一郎。何せ彼女は――稀代の名女優だからな」
福沢の言葉に、福地は半眼で「わけがわからん」と短く呻いたのだった。