第4幕
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調べ物も終わり、クリスは部屋を出た。体調も悪くなく、普段通りの服に普段通りの装備を身につけている、これ以上このビルに留まる理由はない。
廊下を歩く。数日世話になっただけの場所だけれど、もう見慣れきってしまった。壁紙の模様も、柱の位置も、手に取るように把握している。
「クリスさん」
聞こえてきたのは頑張って張り上げたかのように上ずった小さな声だった。振り返れば、焦った様子でオルコットが駆け寄ってくる。
「あまり走ると危ないよ、怪我が治ってないんだから」
「いえ、あの、その」
大きく肩を上下させ、オルコットはクリスを見つめてくる。丸い眼鏡が似合う温厚な顔立ちが、神妙さを帯びていた。
「今日、出て行かれるとフィッツジェラルド様から聞いて、その」
「……うん」
「ちゃんと、お話を、その、したことがなかったから」
「うん」
「わ、私、あの、クリスさんとお仕事をして、とても、その楽しかったというか」
わたわたと落ち着かない様子のオルコットが話し出した言葉を、クリスは相槌を打ちながら聞いていた。北米にいた頃から文脈のある会話すらしたことがない彼女が必死に紡ぐ会話文を、静かに聞いていた。
「変だとは思うんです。この仕事は、楽しいとか、そういうものじゃないのに……でも、クリスさんが情報を持ってきて、それを私が組み立てて、そういう一通りが、作戦を立てる時私一人なはずなのに、クリスさんと一緒にやっているような気が勝手にしていて、だから、その」
「うん」
「楽しかったんです」
泣きそうになりながらオルコットはその一言を言った。
「楽しかった……ずっと、それを言いたくて」
「私も楽しかったよ」
「え?」
「一人じゃないんだって思わせてくれた、その点はオルコットと同じだね。それにオルコットはずっとわたしを気遣ってくれていたから、すごく居心地が良かった」
ギルドにいた時も、今もそうだ。
オルコットは話こそしなかったけれど、常にフィッツジェラルドの横にいた。クリスが戸惑い、決心し、迷い、泣き叫ぶ様を彼と共に見てきた。そして、その上でそっとしてくれていた。その距離感が心地良かったのだ。無理に話しかけようとしてくるわけでもなく、理解しようとしてくれるでもなく、ただそこにいる。
それはきっと、彼女でなければできなかったことなのだから。
「ありがとう、わたしを受け入れてくれて」
「そんな、私は、ただ」
「フィーの言うことに従っていただけ、でしょう? わかってるよ。君だけは確実にフィーの味方だったから」
だから、とクリスはオルコットの手を両手で包んだ。初めて触れる、オルコットの手だった。
「フィーをよろしくね」
「え……」
「そばにいてあげて。ずっと」
わたしができない分まで。
「フィーは部下がいて初めて輝く人だから、オルコットさえいてくれたら大丈夫だよ。貧民街からフィーを助け出してくれてありがとう。すごく……嬉しかった。友達が生きていて、変わらない様子で会長室にいて……嬉しかったんだ」
ありがとう、と再度言ってクリスは手を離した。戸惑うオルコットへと笑いかける。
「じゃあね」
短い言葉に全てを込めて。
クリスはオルコットへと背を向けた。これ以上いてしまったら、オルコットが泣いてしまいそうだったから。
わたしが、泣いてしまいそうだったから。