第4幕
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[Act 4, Scene 12]
敦達のその後は、クリスの元には知らせはない。けれど手に入れようと思えば手に入れられる情報であり、現にクリスは〈神の目〉を使って敦達の動向を見守っていたのだった。
「坂口さんか……」
ふむ、とクリスはモニターを見つめながら考える。安吾はどうやら単独行動を取っているらしい。異能特務課とはいえ、太宰の知り合いとはいえ、探偵社が無実とはいえ、今の探偵社と行動を共にする行為は危険だ。それでも堅実な彼が軍警を騙してまで敦達と接触し、そして共にどこかへ向かった、その理由。
考えられることは一つだ。
「……太宰さんが先に策を講じていた、と」
太宰を通して探偵社の無実を聞いていた――というよりは、事件発生前に安吾に忠告か助言か依頼をしていたのだろう。いくら友人とはいえ、この状況で探偵社の無実を訴えられても自分の所属組織を裏切るほどの決断はできまい。あの安吾の性格ならばなおさらだ。
ということはつまり、太宰は事件発生前から探偵社の危機を予見していたことになる。
「やっぱり敵にはしたくない人だなあ」
ぐ、と椅子の背もたれに寄りかかる。敦が与謝野から伝え聞いた情報――正しくは森からの情報、と言うべきかもしれないが――によれば、太宰は事件発生前、クリスを喫茶うずまきに呼び出した後に競馬場で逮捕されていたらしい。その後は海外に連れて行かれたようで、ここまで来るとその行き先も予想がついた。ポートマフィアビル潜入の時といい骸砦の時といい共喰いの前のドストエフスキーへの接触時といい、危険をも計算の上で敵の懐に飛び込んでしまう人である。
「クリス」
部屋の扉をノックなしで開き、フィッツジェラルドは心底不機嫌極まりない様子で腕を組んだ。
「いくら〈神の目〉の使用を許可しているとはいえ、こうも入り浸られては困るんだが」
「駄目かな?」
「駄目とまでは言わんが。これは俺の切り札だ、そう易々と多用されては価値が下がる」
「君の都合じゃないか」
気にせずモニターへ向かい直せば、背後でフィッツジェラルドは大きくため息をついた。わざとクリスに聞こえるように発したのだろうそれの後、彼はその朗々とした声で続ける。
「ホーソーンには手を出すなよ」
ピタリと手が止まってしまったのは気の緩みからだろうか。
「奴は鼠の手札だ。それに関われば君とはいえ鼠の策中に囚われる。奴の居場所は探し出すな」
「わかってるよ」
モニターへと向きつつ、クリスは言った。言って、視線を落とした。
「……わかってる。これからすべきことも」
「覚悟はできたか」
「ある程度は。君と話して……少し落ち着いたところなんだ」
そうか、とフィッツジェラルドは言う。その声は相変わらず響きが良い。出会った頃から変わらないその声音に、態度に、安心している自分がいる。
「今日にでも向かうよ。街を見て、会いたい人にもできるだけ会って……それから、やる」
「そうか」
「……ありがとう」
椅子を回して背後を見る。そこには、驚いた様子の上司が――友がいた。
「ありがとう」
再度言う。
「君に話して良かった。一人だと決心がつかなかったから」
「君が背負っているものがこれほどとは知らなかったがな」
「わたしも知らなかったよ。だから混乱した。けど……わたしがそれをするだけで、わたしの望まない未来が完全に消えるのなら、それも悪くないなって思えたから」
「君とは思えん発言だな」
フィッツジェラルドは腕を組んだまま壁に寄りかかった。
「世界がどうなろうと君は君自身の幸福を追い求めるかと思っていたが……」
「そうも言ってられなくなったんだよ」
笑ってしまったのは、ある人を思い出したからだ。
「真似をしたいって思ったんだ。誰かを救うということを、誰かの願いを叶えるということを……普通の真似事をするのを助けてくれるって言ってくれた人がいた。あの人は最後まで探偵社員だった。その人に応えたい。最後くらいは。今まではそうできなかったから」
「君の都合は知らんが、君がそう決めたのならそうすれば良い」
「止めないの?」
「あの話を聞いて止める気にはならんな」
何かを思う眼差しを宙に向けて、フィッツジェラルドは続けた。
「君がいない世界など考えようもなかったが……言われてみれば確かに、君がいようといまいと俺はこの街に来、おそらくは敗れ、貧民街でオルコット君と再会し、この会社を手に入れていた。君という存在は思ったよりも軽いものだったようだな」
「その言い方は酷いな」
「事実だろう。むしろその方が君の気が楽になる。君がこの世界の異物にして破壊者ならば、今までの経緯に大きな影響を与えてこなかったというのは平穏の証だろう」
クリスは何も言わないまま、その表情を見つめていた。そこには変わりない君主の顔がある。未来を見据え、利益を求め、現在を選択する王者の顔だ。
クリスを常に追い、この身を最大限に利用しつつ最大限に守ろうとしていた支配者の顔だ。
「……理解が早いなあ」
わたしはずっと、このことに悩んできたというのに。
「当事者ではないからな」
「それもそうか」
笑う。以前よりも心地良い、自然の笑みが浮かべられる。
気が軽くなっているのは確かだった。
「もう少し調べ物をしたら出て行くよ。フィーはこの後、会議があるんだっけ? ちょうど良かった」
「会議があろうとなかろうと勝手に出て行くつもりだっただろうが」
「ああ、バレてるか……」
「当然だ。ではな」
くるりと背を向け、フィッツジェラルドは片手を上げた。いつも通りの、再会を知る人間がする行為だった。
「君に会えて良かった」
けれど発されたのは、彼らしくもない言葉で。
「……うん」
頷く。
「……あの時、友達になってくれてありがとう、フィー」
この言葉が、既に部屋を出て廊下を歩いていた君に届いたかはわからないけれど。
この気持ちは、君に届いてくれたと信じている。