第4幕
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[Act 4, Scene 11]
敦達は無事に戻ってきた。与謝野と会えたのだ。けれど追手も迫っており、なぜかこの取引が知られていたらしい。ミッチェルを治療した後の与謝野達がどうなったかはわからない、と敦は肩を落としていた。
けれど虫太郎の居場所さえわかればまだ道はある。
約束通り、フィッツジェラルドは〈神の目〉を使って虫太郎の居場所を特定した。しかしそれは現在の探偵社によって非常に不都合な場所だった。
「銀行……」
呆然と敦が呟く。その顔は複数のモニターの青白い光を受けてさらに白く浮かび上がっていた。
「どうして銀行に……」
「潜入しにくい場所を選んだのかも」
鏡花が敦と同様の光に照らされながら、しかし何かを決意しているかのような確かな声で言う。
「私達が小栗虫太郎を探そうとすることもわかっていたのかもしれない」
「これもドストエフスキーの……《天人五衰》の罠かもしれないってことか」
「罠というよりも予防線でしょうね」
クリスはモニターに映る映像を見つめながら顎に手を当てた。そこには造幣機能のある国内の銀行が映っている。〈神の目〉が見つけ出した虫太郎は、なぜか銀行という難攻不落の城に囚われているのだった。元々銀行は比類ないほど優秀な警備システムが詰め込まれた場所だ、勤めている職員も訓練を受けており、相当な人数と相当な装備を突破しなければいけない。無論警察との連携も優れている。少しでも失敗すれば即逮捕だ。
「今の探偵社は指名手配犯として顔が公表されています。近付くことも難しいでしょう。それに、殺人に加えて銀行強盗……更に罪を重ねることになる。それも、これは〈頁〉によるものではなくあなた方の意思です。冤罪にはならない」
「それでも行く」
鏡花は強く断言した。
「探偵社を救うためなら、私は何にでもなる」
悪にも闇にもなる、と。
闇から抜け出せた少女は言うのだ。
それをクリスは目を細めて見た。光源を直接目にしている心地だった。
「……鏡花さんは強いですね」
眩しすぎて、隣にいることすら心苦しい。自分と彼女を比べて、自分を卑下してしまいそうになる。
鏡花はその真っ直ぐな目でクリスを見上げた。目を逸らそうにもできないほどの、強制力の強い視線だった。
綺麗な青がそこにある。
「あなたも強くなれる」
「……え?」
「なりたい自分が何なのかがわかれば、あなたもきっと光の花として咲き誇れる」
光の花。
それはきっと、この世界の何よりも美しいものなのだろう。
今の、この少女のような。
「……だと、良いんですが」
自分がこの輝かしい少女と同じものになれるとは思えない。けれど、鏡花はその手の出任せは言わない性格だ。本心から、クリスにもその可能性があると信じてくれている。
可能性。
本当に、それはこの薄汚い嘘つきにもあるのだろうか。
クリスから目を離し、鏡花は敦を見遣った。
「ポートマフィアにいた時にあの銀行のことも学んだ。夜叉を使えば突破できる」
「本当?」
嬉しそうに言う敦だが、その表情は事態の重さを認識してかいつもよりも暗い。そうだろう、これから彼らがしようとしているのは銀行強盗だ。弱き人を救う探偵社員がすることではない。
それでも、彼らは決断するのだ。
「金銭や造幣機器を狙うわけではないので、幾分かは難易度が下がるかと思います。敦さんの五感もありますし……一応警備システムの詳細をお教えしますね。使われているものはある程度予想がつく、少しは助けになるかと」
「ありがとうございます」
敦が律儀に頭を下げてくる。それへと首を横に振った。
「その程度しかできませんから。……あなた方と共に行動するのは危険すぎるので」
「その点はわかっています。だからこそ、こうして協力してもらえているだけでも嬉しいですし、申し訳ないんです」
すみません、と敦は言った。その言葉を言うのはクリスの方だ、そのはずなのに彼は中途半端な手助けしかしないクリスを責めようともしない。
彼は――彼らは、どうしてこうも惨めで卑屈な他人の心を救う行動ばかりを取るのだろう。
「一通りの準備はここでしていけ」
〈神の目〉を扱う席から立ち上がり、フィッツジェラルドはそばに控えていたオルコットへと部屋の準備の指示を出した。それを、敦が呆然と見遣る。
「……そこまでしていただかなくても」
「〈神の目〉を指名手配犯に使ってやっただけでも重罪だ、これ以上何をしようが大して変わらん」
それに、と傲慢さの窺える顔が敦の方を――その横にいた鏡花へと向けられる。
「……礼もせねばな」
「え?」
「街で初めて君と出会った時、俺は君に『人助けは向いていない』と言った。間違ったことを言ったつもりはない。君達からすれば俺の価値は〈神の目〉だけだ、俺を見殺しにしクリスかエクルバーグ博士を脅せば事足りた。だが君は俺を助けた。その礼だ」
「気にしていない」
ふるりと鏡花は首を横に振った。
「私も、そう思っていた。……だからこそ、今、ここにいる」
「ああ、そうだろう」
何かを思い出すように、フィッツジェラルドは目を細めた。それは、遠い昔に出会った鏡花に似た少女を思い出しているような――郷愁と回顧を帯びたものだった。
見たことのない、表情だった。
オルコットが戻って来、部屋の準備ができたことをフィッツジェラルドに告げた。頷き、フィッツジェラルドはクリスへと「案内してやれ」と指示してくる。内気なオルコットが案内役では敦達も困るだろうという配慮だろうか。
「じゃあ案内しますね。フィーの会社とはいえ一般の方が出入りするフロアもあるので、外出は控えてください。必要物資があれば持ってきますよ。シャワーもありますから、もし良かったら使ってください」
「本当ですか! 僕達ずっと野外を駆け回っていて……僕は野宿の経験がありますけど、鏡花ちゃんはずっとつらそうだったから」
ありがとうございます、と敦は笑った。こんな時でもそうやって明るい表情ができる彼が少し羨ましかった。
何度折れかけても折れ切らずに立ち上がるその強さが、懐かしかった。