第2幕
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[Act 2, Scene 9]
――探偵社の社長さんとお話させて下さい。
ポートマフィアに潜入した日に太宰へと放った提案は現在、探偵社社長――福沢との会合を目の前に滞っている。本当は昨日だったのだが、探偵社側が急遽予定をずらしてきたのだ。こちらも本職があるので時間には制限がある。むしろ探偵社の方が時間的制約は少ない気がするのだが、偏見だろうか。
急な客人でも来たのかもしれない、と一人考え今日を迎えている。が、探偵社を訪れたクリスが目にしたのはテレビに釘付けになっている探偵社員らだった。
『ご覧下さい、七階建ての建物が一夜にして消滅してしまいました!』
テレビでは興奮気味の報道員が現場中継をしている。
テレビがついているとは珍しい。乱歩がアニメ番組をつまらなそうに見ていたことはあったが、それよりもつまらなそうなニュース番組を総出で見ているとは。
「あれ、クリスさん?」
テレビに見入っていた敦がようやくこちらに気付く。気配は消さなかったのだが、全く気付かれていなかったらしい。それほどニュースの内容が重要だったのだろうか。
「おはようございます。何だか慌ただしいですね」
「えっと、実は……」
敦が説明をしようとする前に、クリスの背後で扉が開く。駆け込んできたのは谷崎だ。
「寮にもいませんでした」
誰かが失踪したのか。しかし探偵社ともあろうに、人一人の失踪にここまで冷静さを欠くだろうか。
クリスという来客に気を配る暇もなく、探偵社はその人の捜索と社長会議にわかれてしまった。敦と谷崎、そして兄についていったナオミが外出し、国木田と太宰は社長室にこもっている。
「すみません、慌ただしくて」
動揺を隠しきれないまま、クリスに頭を下げて来たのは春野だ。
「お構いなく。重大な事件ですか?」
「ええ。その……」
言い淀む春野に慌てて「ああ、いや」と言い、クリスは一般市民らしい「関係者でもないのにすみません」といった風を演じる。
「ちょっと気になってしまっただけなんです。ちなみに今日社長とお会いする予定だったのですが、今日も難しい様子ですね」
「あ……ごめんなさい、ご連絡をしていなかったみたい。昨日に引き続き今日まで、しかも今日はわざわざご足労いただいてしまって」
時間を作っていたので少しくらいは問題ない。が、信用を礎とする探偵社が部外者との会合を引き延ばすとは、よほどのことが起こっているのだろう。少し考え、クリスはそれを聞き出すことにした。
「……どなたか失踪されたのですか?」
かなり突っ込んだ質問に春野は驚いた顔をし、そして嘘を言うわけにもいかないといった様子で「実は」と切り出す。
「……昨日から賢治君の行方がわからなくて」
「賢治さん?」
それは意外な名だった。賢治は制限こそあれど怪力の異能力者だ。何かに巻き込まれたとしてもそう簡単にいなくなるとも思えない。なるほど、それでこれほどまでに騒々しいのか。
しかし理由はそれだけではなかった。クリスは、春野の次の言葉に息を呑むことになる。
「昨日、海外からのお客さんの見送りに賢治君が出て……それ以降行方が知れないんです」
海外からの客。
行方不明の探偵社員。
建物の消失を告げるニュース。
――まさか。
「……その客というのは、ブロンドヘアの偉そうな成金男ですか」
「偉そ……え、ええ、まあ、そうですけど……」
春野の答えを聞くや否や、クリスは探偵社を飛び出した。
フィッツジェラルドだ。奴が、動き出した。こんなにも早く。
「油断した……!」
走って間に合うとも思えない。敵は、探偵社がニュース報道からすぐに賢治の捜索に動くことを予期している。探偵社から幾分離れた場所で手を下すはずだ。
そこに一般人が何人いようとも、必ず。
「間に合え……!」
建物を出た瞬間、広げた腕の動きに合わせて風が吹く。突風はいとも容易くクリスを上空に押し上げた。突然の風で眩んだ人々の目にはクリスの姿は映らない。ビルよりも、電信柱よりも高く跳躍。
クリスを空高くに押し上げた突風はやがて勢いをなくした。クリスはふわりと宙に浮き、じわりと降下を開始する。
眼下にはヨコハマの街が広がっている。その街並みの中、クリスは目的の人物を捜す。
「……いた」
上空から見れば、目的の姿はすぐに捉えられた。走る谷崎を敦が追いかけている。ナオミの姿がない。谷崎が暴走している。消えてはいけない人から消されたのだ。
近くにあった電信柱の上に着地し、再び突風を巻き起こす。鋭角に勢いよく滑空、彼らが走りすぎていった近くの建物の影に降り立つ。通常とは異なる方向に吹いた風に慌てて帽子を押さえた通行人のそばをすり抜け、クリスは敦の背を追った。白衣の男性が立ち上がるのを手伝っていた彼は、後方から駆けてくるクリスに目を見張る。
「クリスさん? どうしてここに……」
「逃げろ敦さん!」
彼だけでも逃さなければ。
「奴の狙いは」
手を伸ばす。
しかし、その手が敦に触れる前に、周囲の景色が一変した。