第4幕
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
[Act 4, Scene 9]
モンゴメリを見送った後、クリスは路地で呆然としていた。
何をすれば良いのか、わからなかった。否、わかってはいた。いつも通りのことをするだだ。知人を殺す、それだけだ。
外壁に寄りかかりながら手のひらを見つめる。この手をいつでも受け入れてくれたあの場所を、あの人達を思い出す。
やっと手に入れた安らぎだった。血と嘘にしか触れることができなかったこの手が、やっと掴んだ奇跡だった。それをクリスは壊さなければいけない。殺さなければいけない。己のために、亡き友人のために、世界のために。
——これほど惨めな理由があるだろうか。
ぐ、と何も掴んでいない手を握り締める。存在してはいけなかった自分のため、とうの昔に死んだ友のため、誰というわけでもない世界という枠組みのため、クリスは奇跡をくれた探偵社員を殺しに行く。それは一体何のためになるのだろうか。
もう、良いんじゃないか。ウィリアムとベンとの「死ぬな」というあの約束は、手記を手に入れ本当に求められている未来を知ったクリスにはもう無意味なのだから。
だって、わたしは。
わたしが今後、いつか、すべきことは。
——あの二人の友人との約束を、破ることなのだから。
なら、今わたしがすべきことは探偵社員を殺すことではなくて。
けれど今更、十数年間苦しみながら守り続けてきた約束を破ることもできなくて。
「……わかんないよ」
胸に拳を当てる。
「……誰か、教えてよ。何をすれば良いのか……教えてよ」
誰かから命じられることがこんなにも楽なことだったとは知らなかった。自分の意思で選択し実行していくことの、何と難しいことか。
——あなたの人生はあなたのものだ。あなたが望むことをすれば良い。
怒声を和らげたようなあの声を思い出す。あの人はいつも、これをしていたのか。選び、突き進み、犠牲を疎んで自ら身を投じる、それを。
何て強い人なのだろう。
「……あなたが羨ましくて、仕方がなかった」
呟く。隣であの人が黙って聞いていてくれている気がして、少しだけ嬉しくなった。空を見上げるように顔を上げる。建物と建物の間から、切り取られた空色が見えていた。
「本当は、出会った時からずっと憧れていたんです。他人のために行動するあなたを、わたしのような人間も一般市民として扱ってくれるあなたを、誰の真似でもないあなただけのあなたを。でも、いざあなたと同じことをしようとしても、何をすれば良いのかわからなくて結局何もできないままなんです。わたしは何をすれば良いんですかね?」
ふふ、と楽しげな笑みがこぼれる。
「わたしにもわからないんです。思ってもみませんでした。生きること、死なないこと、逃げ続けること……ウィリアムのために演劇をすること。これらが全部、わたしの意思だと思っていたから」
クリスの他に、その場には誰の姿もない。問うたところで答えは返ってこない。ただ、少し震えているこの声が反響していくだけだ。
「国木田さん」
名前を呼ぶ。答えてくれる声も、眼差しも、どこにもない。
どこにも。
「……わたしは、どうしたら良いと思いますか?」
答えのない問いかけはコンクリートへと静かに染みて消えていく。