第4幕
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連絡をつけた相手からの呼び出しに従い、乱歩とクリスはとある廃ビルへと辿り着いていた。時刻は午後五時半を過ぎた頃。通常であれば、終業に向けて書類の整理を行っている時間だ。
「ここ、ですか」
探偵社ビルと同じほどの高さのビルを見上げる。通りの角に建ったその建築物は、あらゆるガラス窓に「テナント募集中」という貼り紙がしてあった。人気はない。外壁もところどころ崩れ落ち、築年数が長いことを窺わせる。
「事件の犯人もここに来るんですか?」
「来るかはわからないが、何かしら手は出して来るだろう。何もして来なかったとしても、呼び出した相手から話は聞き出せる」
乱歩がビルの入り口である両開きの扉へ手をかけようとする。途端、乱歩の携帯電話が音を立てた。着信か。
それを取り出し発信者の名前を確認した途端、乱歩の眉間にしわが寄る。
「……国木田か、どうした」
電話口の向こうから聞き慣れた声が聞こえてくる。何やら焦っているようにも思えた。新たな犠牲者が出たというニュースは見ていないが、他の良くない動きでもあったのだろうか。
乱歩の通話から、クリスはビルの周囲へと注意を向ける。どこにでもある建築物だ。車で来づらく駅も近くはないという立地条件の悪さからか、全ての部屋が空いているらしい。相手はなぜここを指定してきたのだろう。
外壁を見つめる。どの窓にもヒビはなく、窓枠に溜まった埃や蜘蛛の巣の量からして開けられた様子もない。ここを根城としている輩はいないと見て良いだろう。そんなことを考えながら路地の隙間からビルの外観を観察する。
――ふ、と何かがビルの裏から出て来たのを見、すぐさま路地の奥へと見失ったそれを視認し、クリスは目を見開いて硬直した。
猫かと見紛う白い布、それをひっ被った誰か。
体を隠すような長さの外套。
白い、外套。
――”あなたは全ての罪を消し全てを救済することができる”。
おどけの消えた真剣な声を、顔を、思い出す。
――君なら鳥の自由をわかってもらえそうだよ。
白い道化師。一人出かけた国木田が駅で爆弾魔に遭遇したあの日、露店の占い屋でクリスに話しかけてきた、奇妙な男。
言いたいだけ言った後、文字通り目の前から姿を消した異能者。
奴が、いた。
「……なんで」
疑問を呟き終える前に、脳内から即座に答えが返ってくる。
当然だ、奴はホーソーンと同じ伝言をクリスに伝えてきた。あの伝言の主はドストエフスキーだ。つまり、あの道化師もまた、ドストエフスキーに繋がっている。
「……ッ」
追わなくては。
「クリス!」
駆け出そうとしたクリスへ乱歩が携帯電話から耳を離しながら叫ぶ。足を止めることなく、クリスは半身振り返りながら叫び返した。
「ドストの仲間を見つけました! 追います!」
「待て、行くな! 奴は君を――」
最後まで聞き取ることはできなかった。軽く足を曲げ、突風を呼び起こす。ぶわりと風が周囲の塵を吹き飛ばす。
跳躍。廃ビルと隣の建物の、僅かに突出した窓枠を交互に足がかりにしつつ路地の奥へ飛び込んでいく。複雑に入り組んだ路地は排気口や室外機、不法投棄された廃棄物で雑然としていた。その中でただ一人、駆けていく人影。白い布を宙に浮かせながら走る、長身の。走る速さが変わっていない上、こちらを窺い見る様子もない。まだクリスの追跡に気付いていないのだ。
好都合、とクリスは突風を纏い急接近、ようやく路地に吹くはずのない風に違和感を覚えたのだろうその背へ駆け寄り、手を伸ばす。
相手が振り返る。長い髪が路地にそよぐ。突然の追跡者の姿に防御姿勢を取ろうとしたその手首を掴む。
――目が合う。
「……え」
そこにいたのは見知らぬ男だった。左右で異なる色味の長髪、クリスを認識し見開かれた無邪気ささえ窺える両目。
あの道化師ではない。人違いか。
しかしその目が戸惑いではなく驚愕に瞠目したのを見、クリスは彼もまた追い詰めるべき相手なのだと確信する。
「お前は……!」
彼は他者が知るはずもないそれを口にした。
「介入者、か……!」