第4幕
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***
給湯室を出た後の太宰は真っ直ぐ喫茶へと向かった。敦に仕事の指示は出してある、そして今の自分には急ぎの仕事はない。ならばのんびりと時間を過ごすのが一番良い選択だろう。
カラン、と喫茶の扉がベルを鳴らす。いらっしゃいませ、という店長の低く心地の良い声が出迎えてくれた。
「おや、お仕事に行かれたのでは?」
「それはもう終わらせました。――おや」
店長と軽く会話をした後、驚いたふりをしつつ、太宰はカウンターに座っていた人影の名を呼ぶ。
「乱歩さん」
ちらと太宰を一瞥した名探偵は何も見なかったかのように手元へと目を戻した。そこには柔らかな茶色のココアが白いミルクと渦を形作っている。今だ熱いそれを一口飲もうと苦戦しているのを横目で見つつ、太宰は近くのテーブル席へと座った。珈琲を頼みつつ、背もたれに寄りかかって仰ぎ見るように乱歩の後頭部を見遣る。
「どう見る?」
乱歩の問いは簡素で最小限だ。それでも太宰は答えることができる。
「悪くないと思いますよ」
「どこまで?」
「最後まで」
太宰の元に珈琲が届く。礼を言ってそれを手に取り、香りを楽しんだ後一口含んだ。
「……乱歩さんもわかっていましたか」
「彼女は孤独と破壊に適した過去を持っていた。そういう過去を与えられたんだと推理できたのはすぐだ。難しい話じゃない」
「まさか彼女が殺めた友人がそれを策したとは、思いませんでしたけどね」
カップをテーブルの上に置く。ふわりと上空に上がった瞬間霧散し消えていく白い湯気を見つめた。
「他にいないだろう。逆に、彼女の行動を制限するために自分の命を差し出したとするなら、いろんな辻褄が合う。自分を化け物に変えて制御し切れていない異能で惨殺させてトラウマを与えるなんて所業、滅多に思いつくものじゃないけど。よほどの変人だね、彼」
「けれど確かな方法ですよ、乱歩さん。未来というものは未知だ、けれど予測は不可能じゃない。とはいえ他人の人生数年分を決定させることはそうそうできることじゃない……彼は本当に”脚本家”だったんでしょう。何をすれば人がどう動くかが手に取るようにわかってしまう――彼にとっては一人の少女の十年程度、さして難しいものではなかった」
出会ったことのない過去の人を思う。
強大な異能を得た子供、それが世界を破壊する存在だと早くに気付いた。彼が正義感ではなく興味から彼女の運命を作り上げたのは確かだ、でなければ必要だとはいえ彼女に残酷な過去を与えようとは思わないし、残酷な未来を計画するはずもない。おそらく彼にとってクリスは道具以上の意味を持たない存在だったのだ。
親友だと思っていた相手が、自分を道具として扱っていた。そして自分の運命を形作り、数年にも及んで傀儡として生かし続けていた。そのためだけに自分は親友を切り刻み、演劇を選択し、そして多くの望まない殺戮を繰り返した。
この事実は彼女の心を壊すには十分だっただろう。今まで苦しみ諦めながら選んできた選択全てが、第三者が仕組んだものだったのだから。彼女の中に優しい親友の姿が色濃く残っていたのなら尚更だ。
――こんなことなら、生まれてこなければ良かった……!
そうだろう。存在すらしなかったのならば、苦しむことも悲しむことも諦めることも、親友を殺すことも好いた相手を疑い続けることもなかった。けれど彼女は生かされた。
絶望するために。
この舞台の上で、彼女という間違った主人公による物語を終わらせるために。
彼によって、この歪んだ物語は修正の道筋を歩んでいる。それに沿って彼女を正しい物語の最後に連れて行くのがこの舞台の、この舞台の上に立つ太宰達の役割だ。自分達もまた他人の駒、名の付いた役でしかない。その事実に戸惑うにしては太宰も乱歩も世界を俯瞰しすぎていた。
けれど国木田は、敦は、この世界の平凡な人々はどうだろうか。自分が自分ではなく物語の構成要素でありただ一つの結末を作り上げるための脇役だと知ったなら。
強い意思で未来を切り開いてきたという自負そのものがまやかしだと知ったなら。手からこぼれ落ち散っていった命すら、必要な余興だったのだと知ったなら。
狂乱するか、受け入れるか、もしくは――その原因たる少女そのものを否定するか。
「国木田君はどうすると思います?」
す、と珈琲を飲む。
「決まり切ってるだろう」
背をかがめてココアの表面をふうふうと吹きながら乱歩が返してくる。
「じゃなきゃこんな面倒なことはしてない」
「ええ。――何しろ彼は、”手帳の者”ですから」
二日後、クリスが目覚めたという知らせが与謝野から社員へ告げられた。