幕間 -Note by a Researcher-
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朝を告げる鳥の声で、俺はうたた寝から体を起こした。ウィリアムの部屋だ。ソファで二人揃って寝ていたはずだが、部屋の主の姿は既になかった。
「……最後くらいちゃんと挨拶させろよ」
ぼやく。それすらも無駄だとわかっている。
テーブルの上に散らかった酒瓶をそのままに、けれどそこに置かれていた紙束だけは手にして、俺は自分の部屋に向かった。身だしなみを一通り整え、鏡に映る自分の顔を見つめる。酷いものだった。隈が濃いしどことなく疲れ切っている。
パン、と両手で頰を叩く。思い切り口の端を釣り上げて、強引に笑った。
――笑顔は幸せを呼び寄せる。なぜなら笑顔は他者に笑顔を強制する合図であり、かつ他者に敵意のなさを表現する手段だからだ。
そうだ。だから俺は笑わなくてはいけない。今日来るであろう絶望、その遥か先にあるはずの幸福を、ウィリアムとクリスのために引き寄せなくてはならないのだ。
時計を見る。処分の時間は近付いていた。
部屋を出る直前、俺はベッドの上に放っていたウィリアムの紙束を手に取る。捲り、数度読み込んだ。書かれていたのはざっくりとした指示だった。いわばプロットだ。いつ誰に何をするか、どんなイベントが発生したらどう行動するか、本当にそうなるのかわからないような事象が書き連ねてある。
一言一句違えず覚え、俺は紙を細かく破いて灰皿の上に積み上げた。枕元の棚に置かれていたマッチ箱を掴む。煙草を吸わなくなってから久しく触っていないそれからマッチを一本取り出し、擦った。指先に伝わる摩擦の感触、軽い擦過音と共に灯る火。空気の流れに揺らめくそれを少し眺めてから、灰皿の隅へと突っ込む。
白い紙は見る間に黒い塵と変じていった。煙が立つ。焼け焦げた臭いが責めるように鼻に突き刺さる。
マッチ箱をポケットに突っ込んで、俺は部屋を出た。忙しすぎて全く触っていないゲーム機も使い古した生活用品もそのままだ。服も着慣れすぎてよれたもの。いつもと同じ格好の俺が、いつもと同じ様子で施設の中を歩く。
そしていつもと同じ足取りで辿り着いたのが、中庭だった。
小さな姿が、何かを探している。亜麻色の髪、鮮やかで負を知らない青の目。それが俺を見つけて、そして何かを察して大きく見開かれる。
「……クリス」
「ベン!」
不安そうな顔で駆け寄ってきた彼女は、躊躇いつつその名を口にした。
「……ウィリアムは?」
その様子では何も聞かされていないようだった。あの性格の悪い奴らのことだ、クリスにウィリアムのことをあらかじめ伝えてあるとも思えない。それすらも、ウィリアムは見越していたのだろうが。
「……ちょっと、仕事が忙しいんだとよ」
「そうなの……?」
俺の苦しい言い訳に、疑うことを知らないクリスは不思議に思いつつも納得してくれたようだった。その純真さに胸が痛む。純白の天使を思わせる彼女がこれから親友の血に汚れて絶望することを思うと、上手く笑顔が作れなかった。
「そいや〈恵み〉が得られたんだって? 良かったじゃねーか。ずっと欲しがってたろ」
話を変えて、俺はクリスに心配をかけまいと笑う。彼女に何かを悟られるのは不都合だった。ウィリアムが今まで計画してきたものを、こんなところで崩させるわけにはいかない。
「う、うん」
クリスは少し照れたように頷いた。
「でも、どんなのかはまだわからなくて……これからテストするんだって」
「そうか。頑張れよ」
そんな適当で無責任なことを言う俺の顔は、ちゃんと笑顔になっていただろうか。
ずっと腹の底に自分の死を隠し続けてきたあいつのような、幸せを呼び込むような笑顔になっていただろうか。