幕間 -Note by a Researcher-
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ウィリアムとクリス、二人と過ごす穏やかな昼間のような日々は長くなかった。察してはいた。戦争が終わったとはいえ世界はまだ緊張を保っていたし、異能研究に対する予算も削られることなく黙々と進められていた。
けど、こんな終わり方をするはずじゃなかったんだ。
「ウィリアム!」
夕方、日が沈み始めていた頃、俺はなりふり構わずウィリアムの部屋へ飛び込んだ。蝶番が緩みすぎている扉が勢いよく壁にぶち当たって轟音を立てる。そんな耳障りな音すらも、俺には聞こえていなかった。
「やあ」
ウィリアムはソファに座ったまま、片手を上げて俺を迎えた。まるで俺が来るのを待っていたかのような、悠然とした態度だった。それがさらに俺の行き所のない怒りを助長する。
「……何してんだよ」
「ぼうっとしていたんだよ」
「そうじゃねえ」
俺は手に握り締めていた紙を床へとぶん投げた。くしゃくしゃになった紙は軽く跳ねて、けれどすぐにコロンと床の上に静止する。
「どういうことだよ……!」
大声を出したい。今すぐこいつを掴み上げて、このくだらない紙切れのように床に叩きつけて、踏みにじりたい。
「実験体と仲良くするのは良い、毎日俺に仕事を押し付けてくるのも別に良い、けどな、やっちゃいけねえことも世の中にはあんだよ。この世界がどんなに非効率的で不可解で不平等だとしても、決められたことは守らなきゃなんねえんだよ」
ウィリアムはぴくりともせず、俺を見つめてきている。深い落ち着いたブラウンの目に感情はない。目の前に突然怒鳴り込んできた友人がいるというのに、こいつは答えのわかりきった問題用紙を眺めるような顔で俺の言葉を待っている。
それがこいつの返事だということは嫌でもわかった。
「――何でだよ!」
大股で歩み寄り、その首元を掴み上げる。投げ捨てたい衝動を必死に抑えながら、その無を浮かべた友人を睨みつけた。
「何で、こんなことになった? 明日だと? ふざけんじゃねえ!」
「……落ち着きなよ」
「落ち着けるかよ馬鹿野郎!」
怒鳴る。未だ混乱していて、けれど理解はしていて、どうしようもなく悔しくて、悲しくて、苛立って。
「何でお前が処分されるんだよ! 情報漏洩疑惑って何やってんだテメエ! こんなことで、お前、今までの頑張りとか、そういうの、全部全部無駄にして……!」
「ベン」
「わかってんのかよ! 俺達にとっての処分ってのは追放だとか投獄だとか、そんな生温いもんじゃねえんだよ!」
「わかってるよ」
首元を掴み上げている俺の手に、ウィリアムの手が重ねられる。宥めるような手つきに俺は何も言えなくなった。何で、という疑問ばかりが頭の中を跳ね回り、群れる羽虫のように唸り声を上げている。
「ベン」
「……何やってんだよ馬鹿野郎、誰だ、誰がお前を陥れたんだ?」
「ごめんね」
「何で謝るんだよ。お前がそんなことするわけないだろうが」
「これで良いんだ」
ウィリアムの声は俺の苛立ちとは真逆に、酷く静かだった。呟くように、唱えるように、水たまりに落ちる水滴のように。
「君は何も聞かないでいてくれた。だから、君を選んだんだ」
「何の話だよ」
「最初から、全部話す」
ウィリアムが俺の手をポンと叩いてくる。それに促されるように、俺は手を離した。それ以上こいつを掴み上げて怒鳴ることはできなかった。
「落ち着いて、聞いてくれるかい」
――安心して、後でちゃんと話すから。
ここに来たばかりの頃言われた言葉。あの時言われた「後で」が、きっと今なのだ。