幕間 -Note by a Researcher-
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そのニュースはすぐさま施設を駆け巡った。俺はそんなことを知らないまま研究を続けているであろう友にそのビッグニュースを伝えるため、施設中を走り回ったんだ。部屋、研究室、廊下、集会場、奴がいなそうなところも含めてあちこちを駆け回った。どこにも奴はいなかった。ようやくその姿を見つけたのは、あろうことか部屋の近くのトイレだった。
「ウィリアム!」
「やあ、ベン」
呑気に返事を返してきたウィリアムに飛びかかるように駆け寄り、俺は切れる息をそのままにそれを伝えようとする。
「おい、戦争が」
「終わったの?」
「終わったんだよ!」
異能力者をも巻き込んだ世界的な戦争が、突如終わりを告げた。風の噂だと、どこぞの異能集団が行動を起こしたらしい。膠着した戦況を告げる報道にもはや飽きてさえいたから、この事態はまさに青天の霹靂だった。研究施設の誰もがそれに驚き困惑していた。さすがのウィリアムも、絶句するくらいはするかと思っていた。
なのに、こいつは大したことのないように平然と言ってのけたのだ。
「そう。困ったね」
「いやいやいや、お前何言ってんだよ」
「僕達の活動資金は戦争への貢献を前提にされていたんだもの、まず一番に言うべきはそれかなって思ったんだけど」
「あ……」
言われて初めて、俺はそれに気がついた。
「……え、じゃあ俺達どうなるんだよ」
「解雇?」
「冗談じゃないっての!」
「冗談だよ」
この一瞬の殺意をどこにぶつけてやろうかと悩んだ俺を誰か褒めて欲しい。でなければ真っ先にその笑えない冗談ばかり言う喉を遠慮なく締め上げていたはずだ。
行き先のない両手をわなわなと宙に漂わせている俺へ、ウィリアムは当然のように肩をすくめた。
「すぐにここがなくなるわけないじゃん。戦争によって異能の有用性は証明された。であれば次は、有用な異能を手元で飼って、他国への牽制に利用するに決まってる。そのための研究という風に名前を変えて、この施設は存続するよ」
「おま、おま、お前……!」
「そうでなくてもここは戦時中に非人道的な実験をしてきた施設であることは明白、すぐに壊せば普段秘匿していた分逆に目立つ。しばらくは安泰だよ」
「わかってたのかよ!」
「誰かがそうするだろうとは思ってたさ」
すたすたとウィリアムは俺を置いて廊下を歩いていく。その背中に文句を言おうとして、俺は一つの疑問に気がついた。
――誰かがそうするだろうとは思ってたさ。
これは、何に対する答えだろうか。
「……おい、待てよ!」
急いでウィリアムの肩を掴む。俺と違って不規則な生活の王道をひた走っているこいつは、筋肉量もないし体重もない。細い肩は病気かと疑うほどだ。俺がこの施設に来るまでは一週間に一回しか飯を食ってなかったというのだから呆れて何も言えない。曰く「お腹が空いたら食べるし、眠くなったら寝る」だそうだ。
そんな不健康を体現した友人の肩を掴めば、抗いようもなくウィリアムは足を止めた。
「誰か、って……何の話だよ」
ウィリアムは静かに俺を振り返って見つめてくる。何かを思い、何かを探り、何かを考えている顔だ。数秒間そうした後、奴はにっこりと笑いかけてくる。
「予想がついてたってだけ。終わらない戦争は誰かしらの行動力を後押しするだろうとはね」
「……まさか、協力者だったりとかは」
「ないない、ここ、教会型の檻だよ? 外部と接触することなんてそうそうできやしない。それに、そういうの面倒臭いからやりたくないし」
「そ、そうだよな」
我ながらおかしなことを聞いてしまった。ウィリアムがそんな精力的なことをするはずがなかった。が、戦争が突然終わるなんて普通予想できるものなのか? こいつの頭の良さは認めるが、世界情勢を手に取るように把握してしまう程だとは思っていない。俺の疑い方は間違っていないはずだ。
けど友人をあからさまに疑ってしまった罪悪感もあって、俺はこの話題を止めることにした。代わりに俺は、奴の頭部にちらと目を遣る。
「髪の色、すっかり変わっちまったな」
「ああ、これ?」
明るい声でそう言ってウィリアムは前髪を数本つまみ上げた。照明を受けて輝く銀色がその頭部を覆っている。
異能を使った影響だというその色は、髪の成長速度を大幅に超える早さでウィリアムの頭部を占領した。明らかに異常だった。髪の根元からじわりじわりと侵食してきたその色が生き物のように思えて、俺は今もそれを直視できないでいる。
「なんかお洒落した気分だよ。無料染色?」
「なんだそりゃ」
「目の端でキラキラするから、ちょっと気分も良くなるし」
全く気にした素振りもなく、ウィリアムは笑った。元々身の回りを気にしない奴だったから、本当にどうでも良いのだろう。その反応に少し安心しながら、俺はそっと息を吐き出した。
「あ、そうだ」
世間話を続けるかのように、ウィリアムはこちらを見て柔らかく笑いかけてくる。
「今、時間ある? 一秒くらい」
それは俺達の間で交わされる秘密の暗号だった。俺は頷いて、仕方ないとばかりに肩をすくめてみせる。
「一秒なら付き合ってやるよ」
「ふふ、さっすがベン、わかってるねえ」
ウィリアムもふざけた様子でそう言い返してくる。拳をこつんとぶつけ合わせながら、俺達はいつものように連れだって俺の部屋に向かう。このやり取りはもはや日常になっていた。「何で俺の部屋なんだよ」と言うこともないし、「自分で自分の好きなようにやった方が好みの味になるよ」と言われることもない。俺達はこの非日常を繰り返すことにだいぶ慣れきってしまっていた。
だから、俺はきっと忘れていたんだ。
日常ってのは、いつか終わる時が来るってことを。