幕間 -Note by a Researcher-
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「ところであっちの方は?」
ぼんやりとした覇気のない声が間延びした調子で言う。あっち、というのは、融合の計算の他にウィリアムに頼まれたことだ。ふふん、と俺は鼻を鳴らしてめいっぱいの笑顔を向けてやる。
「こっちは順調だ、褒めてくれよ」
ぐったりと横になったウィリアムから返事はない。褒めてくれと言ったところで褒めてくれるとも思っていなかったので、全く気にならなかった。
「さすが特異点の研究所のエリートだよな、大体型はできた。二つを合わせた瞬間融合の異能が発動、第三の異能が発動し結果を生み出す、ってわけなんだが、鍵が再定義の異能か天候操作の異能となると予想した通り錠の異能の選別が大変だな。融合結果を変化の異能にするか修正の異能にするかでも変わってくるし」
「やっぱり専門家なんだね、ベンは」
ぐしゃぐしゃになった髪から僅かに見える目で、ウィリアムは俺を見つめる。
「助かるよ」
「棒読みかよ」
「じゃあ君にその中身を作ってもらおう」
「中身?」
「手記を書いて欲しいんだ」
まるでソファに話しかけているように、ウィリアムはもごもごと言った。
手記。
突然のことに俺は固まってしまった。ぱちぱちと瞬きを繰り返す。何を言えば良いのかと頭がフル回転する。
そんな俺をさておき、やはりこいつはのんびりと話を続けた。
「手記。君がここに来てから最後までの、まあ日記と言っても良いんだけど」
「日記? 俺の?」
「出版するわけじゃないからね、勘違いしないでよ。記録しておくんだ。実験記録ってやつ」
ウィリアムは寝起きのようなふわふわとした様子でそう言った。そして、乱れた髪をそのままに、へらりと俺に笑いかけてくる。
「ありのままを書いてよね。ベンがイケメンだったりしちゃ駄目だよ」
「だ、誰がんなこと」
「ベンはわかりやすいなあ」
「だーッうっせえ! お前の部屋を掃除してやったんだから少しは誠意ってもんを出せよ!」
「だって頼んでないし」
「んの野郎ぉ!」
ぐがあッと叫んだ俺に、ウィリアムは体全体を跳ねさせるように腹を抱えて笑った。けれど天は我々を見て下さっているようで、やがて奴はソファから転げ落ちる。しかも起き上がろうとした瞬間、机の端に頭をぶつけた。
「だッ」
奇妙な悲鳴を上げて、ウィリアムは殺人事件の死体のように床に俯せた。勿論盛大に笑ってやる。
「いッたい……うううッ」
「だーッはっはあ! ざまあ見やがれえ!」
「笑い方が悪役……」
「悪役上等! おらおら来いよ正義の味方さんよお!」
「いや、僕しがない研究者なのでパスで」
「いやいやいやいや待て待て、そこは乗ってくれよ俺が寂しいだろ」
そんなくだらないやり取りを一通りした後、俺はちゃんとウィリアムに報告書を書かせた。奴はしぶしぶそれを仕上げた。こんなやり取りが何回かあって、俺の努力のおかげで上から怒られることも研究資金を減らされることもなく日々は過ぎて、そして。
――あの日がやってきた。