幕間 -Note by a Researcher-
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この日以降も俺達の密会は行われた。記録を残すのは危険だから議事録もない、だから何回あの静止した空間の中で熱さの変わらない白湯の湯気を眺めながらウィリアムと話し合ったかはわからない。かなりの回数、というのは確かだ。
時間操作の異能は連続使用ができない。一定量を一定速度で移動しているものの中に無理矢理空間という異物をねじ込むせいか、次に同じことができるようになるまで一日はかかる。歪めた時間がゆっくりと元に戻りきるまでにかかる時間が約一日なのだ。だからあいつとの会合はあいつの元に俺が訪れた日からの日数とほぼ同じということになる。じゃあ何日経ったかというと、それが覚えていないんだ。なぜかといえば、全部あいつのせいなのだが。
「おいウィリアム!」
立て付けの悪い扉を無理矢理押し上げて、俺はウィリアムの部屋へ怒鳴り込んだ。太陽がそこそこ高い朝から怒鳴るなんてことは俺だってしたくない。だが、そうしなければいけない理由ってのがあったんだ。
「お前昨日が締め切りの報告書、出してねえじゃねーか! 俺の徹夜を返せ!」
ズカズカと部屋に入って、ぐるりと全体を見回す。俺と同じ間取りの部屋は、俺の部屋よりも酷いものだった。布地の薄い布がしわしわに丸められているベッド、脱ぎ捨てられた服が山積みのソファ、鞄の中身をひっくり返したままの床。カーテンは締め切られていて部屋は薄暗く、こもった臭いがむわりと漂っている。
「――お前なあッ!」
足の踏み場がないなどと言うつもりはない。足はあらゆるものを踏み越えるためにあるのだ。
グチャベキドカ、と異音を発しながら部屋の奥まで歩いて行って、俺は思い切りカーテンを開けた。シャーッという心地よいレールの音と共に眩しい太陽光が俺へと体当たりしてくる。
「あ、ベン」
のほんとした声に振り向けば、寝起きのウィリアムが部屋に入ってきていた。着崩れした白衣に、乱れた髪。半眼を眠そうに擦るこいつは残念ながら成人した男だ。
「いたの」
「いたよ。部屋の外に行ったのかよ」
「うん。思いついたことがあって、ちょっと研究室に」
「その格好で?」
「うん」
当然とばかりにコクリと頷き、ウィリアムは大きくあくびをした。身なりも気にせず研究のことばかり考える、まさに研究者の鑑だ。とはいえこれが正解だとは思わない。研究者だろうと何だろうと、身なりは大事だと思う。が、それをこいつに言ったところで無視されるのは目に見えている。
代わりに大きくため息をついて、俺は窓の鍵に手をかけた。
「ッたく、ここは家じゃねえんだぞ? もう少し礼儀をだな」
「あ、待って」
カチャ、と鍵を外して窓を開ける。カラカラ、とサッシをガラス窓が横切る。
瞬間。
ふわ、と風が部屋に入ってきた。髪の奥に入り込み、地肌を撫でて去っていく冷たい、柔らかい感触。それは待ってましたとばかりに俺をすり抜けて部屋へ飛び込んできた。
「あ」
ウィリアムが声を上げる。その声を隠すように、バサバサバサ、と紙がはためく音がいくつも聞こえた。
そして、気がついた。
「……あ」
急いで振り返った先で、俺は見てしまった。
たくさんの本や空箱や紙束が駄々をこねる子供のように床の上を這い、袋や紙が飛び跳ねるウサギのように身軽に宙を舞っているのを。
「あーあ、さらに酷いことになっちゃった」
主要な原因であるこの部屋の主は、そう言って呆れたように俺を見つめてくる。俺のせいなのか。呆然と奴の視線を見返していた俺の顔へ、バサ、と雑誌が直撃する。開かれたそれが、俺の目の前にでかでかと巨乳を晒してきた。俺が以前、異動を余儀なくさせられた礼にウィリアムにあげた、露出の多い写真集だ。色気のある太ももが俺へとその滑らかさをこれでもかと見せつけてくる。勿論、これは紙面だ、実際に触れない。なのに紙の中の女は俺を誘ってくる。届かない誘惑ほど冷めるものはない。
俺のせいなのか。
否。
絶対、違う。
冊子を引っ掴んで、俺はそれを投げた。
「――自分の部屋くらい自分で片付けやがれッこの成人済み五歳児が!」
「あ痛ッ」
スコーン、と良い音を立てて、雑誌はウィリアムの額を直撃した。