幕間 -Note by a Researcher-
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ウィリアムの持論はこうだ。元々生まれるはずのない子供、その子供が持つ異常な力、それらを合わせて考えると、彼女はこの世界の理に介入し破壊し得る者"traitor"であり、その力はやがて世界そのものを変えるという。変える、というのは華々しい変化のことではない。有を無に変えるということだ。
「変える、というよりは、変わる、と言った方がきっと正しい」
人の少ない酒場のカウンター、その端でウィリアムがグラスを手の中で回しながら言った。薄暗い酒場の照明が奴に輪郭の曖昧な影を与えている。何重にもなったそれがグラスをあおる様子を見守りながら、俺は煙草を咥えつつ適当に相槌を打った。
「というと?」
「本来の物語に主要人物一人が乱入するんだ、自然と物語の結末は変わる」
「まあ、そうだな。むしろセリフのある人間が一人増えたのに話の流れが変わらなかったら、そりゃおかしい。その人間は付属品、要らないものってことになる。要らないなら入れる必要がない、添削対象だ」
「つまり、彼女は必ず物語の結末に絡んでくる」
ウィリアムが空になったグラスをコースターに置きながら言った。
「彼女が関与する結末というのはつまり、本来あり得なかったはずの結末なんだ。その内容は問題じゃない、何にせよ良いものじゃないことは言い切れる。それを防がなくちゃいけない」
「どうすんだよ。殺すのか」
「彼女は死なないよ。物語の重要人物は役割を終えるまで死なないものだ」
「それもそうだな」
ぐい、と酒を飲む。カッとした熱さが喉を刺激していき、それは高揚感に似た温度のまま鼻の奥へ、そして脳へと突き抜ける。くらりと視界が傾いだ気がした。そうだ、それで良い。こんな話、酔ってないとできやしない。
「じゃあどうする」
「物語を変える」
まだ目眩が続いている気がした。酒が頭をぶん殴ってきたせいだ。そう思いたかった。けれど、酒だけじゃない、奴の言葉が、声が、俺の思考と生命活動を一瞬脳震盪にまで追いやったんだ。
俺は改めて隣に座る友の顔を見た。生真面目そうな横顔は、凛とした静けさを保ったままどこかを見つめている。その目が見ているものを、知りたいような、知りたくないような、そわそわとした猫じゃらしのような気持ちが胸の中を撫で回していた。
「……は?」
「物語を変える」
同じセリフをもう一度言って、ウィリアムはようやくこちらを見た。
「変えよう」
ふざけてるわけではなかった。「一緒に劇作家を目指そう」と言い合った時を思い出させる、未来を見つめた少年がそこにいた。夢を目の前に瞬きすら嫌がる若さがその眼差しにあった。
「……待てよ、落ち着けって」
そう言った俺の声は落ち着いていただろうか。
「それは、あれだぜ、お前の主張を基にして言うと、話の中の登場人物がストーリーを無視するってことだぞ? んなことできるか? 作者にとっての一番は、予定通りに物語を終わらせることだ。完結だ。それに紙の上の登場人物が抗えると思ってるのか?」
「できるさ」
ウィリアムは笑った。満面の、自信にあふれた人なつこい笑顔だった。いつものウィリアムの笑顔だ。見ているこちらも思わず笑んでしまいそうになるような、強制力のある笑顔。
「僕達は世界を変える科学者であり物語を作り上げる創作者だ。僕達ならできる。僕達なら、この世界にいずれ来る間違った結末を変えることができる」
「……”僕達”?」
「そう、僕達」
そう言ってウィリアムは手を差し出してきた。握手を求められているのだ。けれどそれはただの挨拶じゃない、契約だ。とんでもない妄想に付き合うという、誓約だ。
「……ウィリアム」
「わかってるはずだよ、ベン」
俺の中の何かを見透かすように目を細めて、奴は言う。
「君は僕の助手としてここにいる。僕達は所属している施設にしか居場所がない。上司である僕の許可なく他の場所になんて行けない。――君は僕を拒めない」
「偉くなったもんだ」
「実際偉いからね」
「言ってろ」
俺は拳を握り込んだ。それを、ウィリアムへと突き付ける。呆然とした顔でそれを見てから、ウィリアムは合点がいったように微笑んだ。
「そう言ってくれると思ったよ」
「危ねえことはしないからな」
「勿論」
ウィリアムが握手を求めた手を握り込む。そして、それを俺へ同じように向けてきた。
「君はただのお手伝いさ」
「それもそれでムカつく」
「あははッ」
拳と拳がぶつかり合う。
これが、俺達の無謀への始まりとなった。