幕間 -Note by a Researcher-
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研究施設を一通り案内され、俺達は通路を歩いていた。建物と建物を繋ぐ渡り廊下で、側面はどちらもガラス張りとなっている。おかげで景色がよく見えた。片側には噴水の豪華な広場、もう片側には広々とした芝生の中庭。噴水広場には研究者が寛ぎ、芝生では子供達がボールで遊んでいる。その子供達を見下ろすように、俺達はガラスに向かって横並びになった。
「この村の子供達だよ」
ウィリアムが言う。
「さっきも言った通り、ここは村の教会として認知されている。この村は特殊でね、全ての男が父であり、全ての女が母であり、子供達は血の繋がりの関係なしに育てられる。何人もの父母に育てられるんだ。つまり家族という概念も夫婦という概念もない。だから血筋だとか教育環境だとかいがみ合いだとか、そういった家族間に生じるあらゆる弊害が排除される。人一人当たりの出生数がネズミに劣る人間を材料にした研究には良い環境だ」
足元の芝生の上で、顔も肌も異なる子達がじゃれ合っている。と、女性が二人、現れた。子供達は一斉に彼女らの元に走り寄る。誰もが母親にするように、その豊満な体に抱きつき、腹部に顔をすり寄せ、その口を「お母様」と動かす。
「異常だな」
「正常だよ、ここではね」
ちらりと隣の友を見遣る。生真面目な性格をうかがわせる顔つきには、罪悪感のようなものはなかった。ケースの中のネズミを見つめるような目で、彼は子供達を見つめている。
「……異常だ」
呟くように繰り返せば、ようやくウィリアムはこちらを見て小さく微笑んだ。
「そうかもしれない」
外の世界にはしばらく行っていないから、と続け、今度はにっこりと笑った。大学時代から思っていたが、こいつはよく笑う。それも、国を背負う研究者だというのに非常に穏やかに。
いつか聞いたことがある。
なんでいつも楽しそうなんだ、と。
『幸せを得るためさ。笑顔は幸せを呼び寄せる。なぜなら笑顔は他者に笑顔を強制する合図であり、かつ他者に敵意のなさを表現する手段だからだ。つまり笑顔が交わされる場所に争いは生じない。だから、僕は笑うんだ。争いと無縁の空間を作り出すために、僕が幸せになるためにね』
大学時代のウィリアムは平凡な生徒だった。俺と仲良くしているという点でもわかると思うが、奴はその見た目とは裏腹のマイペースな性格が災いしてか、研究者としてはあまり期待されていなかった。俺だってウィリアムはそこらのスーパーマーケットの店員にでもなるかと思っていたんだ。けど、奴は研究を選んだ。しかもその分野は新分野である異能解析。俺は元々公言していたから、まさか同じ分野に奴が来るとは思わなくてかなり驚いた。驚きすぎて数日は夢でうなされた。ウィリアムが研究施設から不要だと判断されて殺される夢だ。
しかし俺の心配はよそに、ウィリアムは頭角を現した。奴の理論は国から公表を禁じられ、新プロジェクトのサブリーダーに就任、実用化を命じられている。公表なしにプロジェクト化したということは、そういうことだ。
母という女を取り囲んだ子供達の笑顔を眺め見ながら、俺はそっと尋ねた。
「……あいつらが、プロジェクトの実験体か」
「子供の方が異能がまだ発現していない可能性が高いからね。異能発現の研究をするには、実際に異能が発現する過程を観察する必要がある。それに彼らは純真だ、この教会の真の姿に勘付くことはまずない」
淡々と言うウィリアムの表情は柔らかい。
「異能発現の仕組みは不明な点が多い。なぜ一人につき一つなのか、なぜ各人異なった異能なのか、なぜ全人類に発現していないのか。それを明らかにするのがこの施設における最も重要な目標だ。そしてゆくゆくは、異能を発現し得る人全てに異能を発現させる技術を確立し、より戦争を有利に進めることが求められている」
「お前の研究の進み具合について教えてくれ、ウィリアム。俺は身分的にはお前の助手だ、お前の研究を間近で手伝うことになる」
胸に下げたカードをつまみながら言い、俺はウィリアムの顔を覗き込んだ。奴の目は何かを探すように中庭で遊ぶ子供達を見つめている。
「……なぜ異能は個体差があるか、考えたことはある?」
「なぜ、って、そりゃあ個体によって異能指数も所持している異能も違うからだろ。人によって勉強のでき具合が違うのと同じだ」
「そうだ。けど、勉学は才能が関与してはいても幼少時の教育によって伸び具合が異なる報告例がある。個体によって固定の数値を決められているわけじゃない」
「……何が言いたいんだ?」
俺の疑問に、ウィリアムはにこりと笑った。飾り気のない、形だけの笑顔だった。
「個体固有の能力値を後天的に変化させられるんじゃないかっていうのが僕の研究だよ、ベン。それができたら、無能な子を優秀な子に変えられる」
ぞっとしたのは、その言葉のせいだろうか、それともその笑顔のせいだろうか。
「……つまり」
「優秀な異能者の生成。簡潔に言うとそういうこと。この戦争はおそらく異能者の使い方が鍵になる。もっとわかりやすく言うと、強い異能者を多く抱えた国が勝つ。なら、強い異能者をたくさん生み出せば良い。簡単な話だ」
まるで異能力者を道具のように扱う言い方だった。カッと頭に血がのぼる。そのぞんざいな言い方に苛立っただけじゃない。ウィリアムも俺も、その"異能力者"の一人だからだ。
「――そんなことッ!」
思わずその襟元を掴み上げる。憎いほど穏やかで物静かな土色を睨み付ける。
「そんなこと、して良いと思ってんのかよ! 異能者ってのは俺達だ、俺達は人間だろ! あのガキ達全部、そういう扱いして良いのかよ!」
「誰もそんなこと言ってないよ」
あっさりとウィリアムはそう言った。拍子抜けしすぎて何を言われたのか理解するまで時間がかかった。ぽかんとして、何度か瞬きをして、そしてようやく息を吸い込んで、声を出した。
「……は?」
「あははッ、すっごい面白い顔してるね、ベン。絵画にして飾っておきたいなあ。あ、そういう異能作ってよ。こう、ちゃちゃっと」
「俺を何だと思ってんだよ」
「ベン・ジョンソン」
「そういうことを訊いたんじゃねえよ……」
「異能者の生成、っていうのは名目上だよ。僕にとっての最重要は研究が続けられる環境を維持することだからね」
ポンポンとウィリアムが俺の手を叩く。早く離せと言いたいらしい。しかたなく離してやれば、ウィリアムは乱れた襟を直すこともなくへらりと笑った。
「研究費は軍事費から出ているからね、戦争に役立つ研究をしています、って資料を出さないと資金が削られちゃう」
「……まあ、そうだな」
「逆に考えるんだよ、ベン。無能な子供を優秀な子にできるのなら、逆もできる。誰かに異能を与えることも異能を使えなくすることも可能になる。異能の有無を自由に操作できるようになれば、僕達は異能を理由に迫害されることも否定されることもない。それに」
ふと、ウィリアムは中庭で戯れる子供達を見下ろす。
「――戦争に利用されることもなくなる。異能は万人が所持できるものだと公表され、個性の一つとして認められれば、個性を戦争に用いることへ反対する人が少なからず出てくるからだ」
「それって」
俺は言葉が続けられなかった。それは、この大戦下において国家反逆とも取られかねない発言だったからだ。戦時において戦争を否定する発言は国民の士気を下げることから忌み嫌われる。聞かれた相手が悪ければ塀の中にぶち込まれてしまう。それをこいつは、声を低めたとはいえ国の施設の中で言った。
これだからマイペース野郎は扱いが難しいんだ。
「止めろよ、変な話すんな。俺まで巻き込む気か」
「聞いてきたのはベンだよ?」
「そんな話をして欲しかったわけじゃねーよ。……ここは大戦のための施設だ、そういうことは口にすんな、ウィリアム」
声を潜めて言えば、ウィリアムは不満そうに「わかった」と唇を尖らせた。こいつ、きっとわかってねえな。
これ以上その話をされる前に、俺は奴の肩を軽く叩いた。
「部屋に案内してくれよ。長旅で疲れちまった」
「うん、わかった。話の続きはそこでしよう」
ウィリアムはさらりと俺の本音を読み取って朗らかに笑う。思わずゾッとしてしまった。
こいつ、こんなに頭の回転が速い奴だっただろうか。