幕間 -Note by a Researcher-
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それはロンドン郊外に存在した。俺は友に呼ばれて、久々に研究所を出て汽車に乗ったんだ。かなり遠かった。というのも、汽車の後にバスに乗り、さらに歩き、そして気難しそうなスーツ男が運転する車に乗せられたからだ。車内では目隠しをされたから、それの正確な場所はわからない。こっそり鞄に忍ばせていたGPSも無効化されていた。さすがはイングランド一の秘匿施設、というべきか。うちの異能研究所もそのくらいセキュリティをしっかりして欲しいものだ。殻の開発が始まったのを機にかなり厳重にはなったが、ここに比べるとまだまだ幼稚だ。あれではいつか盗み出されたっておかしくないだろう。
まあ、厳重であるほど良いというわけでもない。実際研究所から出るまでの手続きは吐き気がしたほど煩雑だったし、その実験施設に向かう時なんて目隠しのせいで何もできなくてかなり退屈した。けど、俺達が扱っているのは二足歩行ロボットでもフレーバーティーでもない。研究者である俺が研究所から出られたことすら奇跡に近かった。
異能――それは未知の現象だ。人に発現する超能力、それは各人一つずつという制約を有し、それも必ず発現するものでもなく、その能力の内容及び範囲そして威力も個体差がある。それでも有用な力であることには変わりなく、今この世界を巻き込んでいる大戦においてかなり注目されていた。それもそうだろう、人によっては戦車よりも確実に広範囲を破壊でき、人によっては銃弾すら通じない強固な盾となる。戦車を改良するより異能力を解明した方が有益だと国が判断するのは時間の問題だった。
科学者は歓喜した。異能力というのが未知だったから、そしてそれの研究費が国から出されたからだ。俺達は戦争が激化する中、研究を進めた。ある研究所では異なる二つ以上の異能の干渉によって発生する特異的異能現象「特異点」について研究が進み、異能兵器なるものまで作られた。ある場所では異能技術によって人間の身体能力を強化する方法が確定された。そしてある場所では、発現する異能を人為的に選択する手法について研究されている。
どれも戦争に勝つための研究だった。そうでなければ国から予算が下りなかったからだ。そしてどれも最重要機密事項だった。他国に知られれば技術が盗まれ戦況が変わるからだ。だから各研究員はその施設の中で一生を過ごす。外に出るなど考えられないことだった。
しかし、俺はそれを成し遂げてしまった。理由は明白、それを頼んできた奴、つまり俺の友人が規格外の馬鹿だからだ。
車から降ろされ目隠しを外された俺は、見知らぬ講堂にいた。それは一般に教会と呼ばれる建物だった。前面に十字架の立つ祭壇があり、それを崇めるように長椅子が三列、整然と並べられている。その一つに腰掛けていた白衣の若い男が、立ち上がって振り返り、俺を見てにっこりと笑いかけてきた。穏やかな土色の茶髪に、同じ色の目の男だ。
「やあ、よく来たね、ベン」
「やあ、よく来たね、じゃねーよウィリアム」
見た目通りの柔らかでのんびりとした声へ被せるように言い、俺はそいつの元へズカズカと歩み寄った。人の良さそうなその笑顔に向かって脅すように顔を近づける。
「俺を勝手に異動させやがったな? あの研究所は国内一清潔で自由な国立研究施設だったんだぞ? それをこんな、辺鄙な森に囲まれたボロ教会なんぞに連れて来やがって」
「僕は気に入ってるよ?」
「誰もお前の話はしてねーよ」
「静かでのんびりできてね、中庭では子供達が遊んでるんだ。遠くから眺めてるとこっちも心穏やかになってね」
「だからお前の話はしてねーって。つかそれ発言としてどうなんだよ」
「実験対象を眺めることの何が問題なの?」
さらりと言い、ウィリアムは笑った。それだけで、のほほんとしたこいつも自分と同じ国の研究者なんだと思い知る。こいつの性格が悪いんじゃない。ここが、そういう場所なんだ。
「案内するよ」
ウィリアムは俺の目の前を横切り、通路の奥へと顎で指し示す。
「ようこそ、ベン。ここが今日からの、そして僕達が死ぬまでの檻だ」