[Welcome to our house party!]
新生ギルド+ポオ+モンゴメリ+夢主でパーティする話。
ギャグでしかない。
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「パーティ料理を作るとしたら、何がありますか」
突然そう切り出した
クリスに、国木田はやはり硬直した。手にした珈琲カップを宙に留めたままぽかんと口を開く。
「……は?」
「わたしが作るという条件で」
見慣れた喫茶――うずまき。その店内で休憩中の国木田の正面に座りつつ、
クリスは真剣な面持ちのまま答えを待った。その間、数秒。待つには長いその間、国木田はゆっくりとカップをテーブルの上に戻し、ため息を一つつき、肘をついて両手を組み、再度ため息をついた。
「……そんな料理があるのか?」
「ですよねえ」
思った通りの返答だった。
がくりと項垂れる。飲み干した珈琲カップが目の前にあった。久し振りに飲んだが、やはりうずまきの珈琲は美味しい。ブラックのままでも良し、ミルクを入れるでも良し、砂糖との相性も良し。誰でも楽しめる珈琲、それがうずまきの珈琲だ。
――という現実逃避の思考はそこまでにしておいて。
「さっき連絡が来たんです」
席の背もたれに全身を預け、
クリスは肩を上下させた。
「フィーから」
「……フィッツジェラルドから? 連絡を取る仲だとは聞いておらんが」
「ちょっとした取引で連絡先を教えたんですよ。で、今日の夜ホームパーティに来いと言われてしまって」
「はあ」
「会場は彼の会社なんですけど」
「……ホームパーティとは」
「まだ料理長を雇えていないから各自持ち込みらしくって」
なるほど、と納得していない様子で国木田は呟いた。そうなんですよ、と
クリスは頷く。
「元ギルド構成員だからって拒否権もなくて。今の部下とやれば良いのに『人数は多ければ多いほど良いだろう』って言われて、まあそれもそうかと」
「……そういうものなのか」
「そういうものなのでは?」
首を傾げる。国木田の顔は渋かった。理解ができないと言わんばかりだ。
「……元敵の元上司の所有する会社で行われる持ち込み式のホームパーティに参加するために今から料理をしなければならないと?」
「はい」
「さっぱりわからん。ホームパーティというものは現在の職場仲間との交流を図るためのものだと聞く。今のあなたには何の意味もないだろう」
「でもフィーだからなあ」
「その理屈がわからん。それに」
ふと国木田が神妙な顔つきをする。
「――手伝わんからな」
突きつけられたのは絶望だった。
「え」
「え、ではない。当然だろう。なぜ俺がよそのパーティの料理を作らねばならんのだ」
「じゃあ国木田さんもパーティに来ます?」
「行くわけがないだろうが。それに時間が取れん。今日は深夜まで仕事が入っている、朝も早い」
「二十万円」
「買収しようとするな」
「国木田さんの子供の頃の写真」
「脅すな」
「て、手強い……!」
いつになく手強い。ぐう、と呻けば、国木田は背筋を正して腕を組んだ。
「あなたが自分で引き受けたことだろう。自分で何とかしろ」
「でも断れなくって」
「あなたなら買収するなり脅すなりして断れただろうが」
「実力が信用されてしまっている……! さすが経験者、侮れませんね……」
「誰のせいだ誰の」
国木田は呆れを吐き出すような大きなため息をついた。やはり同情から手伝ってもらおうという作戦は難しかったか。とはいえパーティの話は急だったために国木田を脅す材料はあまり準備できていない。さて、どうしたものか。
「良い機会だ、やってみれば良い」
最後の一口を飲み、カップを置きながら国木田が言う。腕時計へと目を落としたその流れるような仕草は休憩時間の終わりを告げていた。
「ある程度の調理方法は教えてあっただろう。レシピの見方も、レシピ通りに作るやり方も教えてある。料理は経験だ、まずはやってみろ」
「でも……」
「初めは誰しも上手くいかんものだ。俺もそうだった。敦もそうだった。鏡花もな。……どうしてもできなかった時は俺に連絡しろ。少しは手伝ってやる。火事と怪我には気を付けろよ」
国木田が立ち上がる。その姿に、
クリスは俯いた。押し付けるまではできなくとも手伝ってもらえればと思っていたのだ。なのに、こうもあっさりと拒否されてしまうとは。ちょっと悲しいし、ちょっと寂しい。
――ふと、頭を撫でられた。
驚き顔を上げる。すると国木田は目を合わせることなく手を離し、背を向けていた。呆然としている間にその姿は店の外へと出て行ってしまう。気のせいかと思うほどの短い違和感。本当に錯覚だったのかもしれない。
否。
そっと頭に手を触れる。明らかにあの手が触れてきた感触が残っている。大きくてたくましくて優しい、幾度か触れてきた手だ。間違えるはずがない。
知らず緩む頬を隠すように俯く。少しだけ、沈んでいた心が軽くなった気がした。
***
電話口で一方的に言われた時間通りにフィッツジェラルドの会社へと赴き、受付でパーティ参加の旨を伝える。すると呆気なく奥へと案内された。あまりにもあっさりしている、参加者を装って部外者が侵入することもできそうだ。とはいえ、あのフィッツジェラルドがそのようなミスをするとも思えないし、侵入されたとしても異能で返り討ちにしていそうではある。
そんなことを思いながら辿り着いたのは広い会議室だった。長テーブルがつき合わされ、その上に料理が並んでいる。おそらく持ち込まれたものなのだろうそれらの中には家庭用のタッパーに入っているものもあった。以前のフィッツジェラルドのホームパーティでは考えられない光景だ、彼は専属の料理長に全ての料理を準備させていたのだから。
部屋を見渡せば、会社関係者であろうスーツの人々が集まっていた。手にはワイングラス――ではなく缶ビール。発泡酒ではないという点が少しだけ豪華さを窺わせるか。立食式のようで皆穏やかな表情で会話を楽しんでいる。内輪のパーティという表現が似合いそうな、くだけた雰囲気だ。フィッツジェラルドの姿はない。まだ来ていないのか、偶然席を外しているのか。
「君も来たのであるか」
声の方を見る。窓際にいたのだろうポオがほっとした様子でこちらに歩み寄ってきていた。洒落た縦縞のシャツにジャケットを羽織っている。ホームパーティというので少しだけ服装を整えてきたのだろう。かく言う
クリスも落ち着いた色合いのワンピースを着ている。
「ポオも来てたんだ」
「オルコット君に誘われたのである」
薄い紙皿を手のひらで持ちつつ、ポオは嬉しげに微笑んだ。仲間を得たと言わんばかりだ。その方にはカールが乗っている。動物も連れて来られるパーティというのも珍しいが、主催者がフィッツジェラルドだからだろう。「カールも来たんだね」と声をかければ「きゅう」とカールが鳴いた。
「オルコット君の姿も見えないので不安だったのである……それが、
クリス君の持ってきた料理であるか?」
「うん」
頷き、手にしていた袋を軽く掲げた。大きめのタッパーに入れてきたのだが、皿に移し替える必要があったらどうしたものかと思っていたのだ。案外親しみやすい雰囲気のパーティのようで安心した。
「ポオは何を持ってきたの?」
「いろいろである」
「いろいろ?」
「フィッツジェラルド殿が料理長を雇っていないと聞いたので、少しばかり我輩が腕を振るったのである」
言い、ポオはテーブルの奥を指差した。そのままスッと指を手前に滑らせる。
「向こうからここまで、全て我輩が持ってきた料理である」
「凄い。作ったの?」
「作らせたのである。シェフを数名日雇いして」
「……忘れてた。君もフィーに負けず劣らずそういうお金の使い方をする人だったね」
こう見えてもポオはギルドの中でもかなりの階位の人間だったのだ。シェフとは言ったがおそらくは高級レストランのシェフだろう。それを数名、日雇いで――しかも当日に。しばらくギルドを離れていたせいで忘れていたものの、ギルドに所属するメンバーのおおよそはそういった感覚の持ち主なのだった。今やギルドは元々の形を失ったというが、ポオの懐には大した影響は与えていないのだろう。
へえ、と
クリスはテーブルの上を眺める。どれもスーパーマーケットでは見かけないような洋風料理ばかりだ、周辺には人も多く集っている。
「おすすめは?」
「中央に置いたタルティーヌである。素材は全て原産地からの取り寄せで、クリームチーズの滑らかさとパンの香ばしさが逸品であるよ」
「へえ」
ポオが言うのだから間違いはない。早速、と思いそちらへと手を伸ばそうとした、その時だった。
「来たな」
聞き慣れた荘厳な声。知らず背筋が伸びる錯覚、そして無意識に抱く敵対心。わかってはいても今更慣れるはずもない。
振り向き、部屋に入ってきた人影を見据える。整えられた髪、しわのない高級スーツ、そしてその顔に浮かぶ自信に満ちた笑み。
「……フィー」
「おや、モンゴメリ君の姿が見えないようだが」
「モンゴメリちゃんはお仕事があるからと……」
後ろに控えていたオルコットがわたわたと答える。気を害することなく「そうか」と短く言い、フィッツジェラルドはその笑みを
クリスへと向けてきた。
「本当に来るとはな。知らぬ顔で無視されるかと思ったが」
「悪い話じゃなかったからね。エクルバーグ博士を誘おうとしたけど夜勤だからと断られて、夜勤でも参加できるように会社でホームパーティをしようと思いついたんだっけ? 相変わらずやることが大胆だね。――面倒だとは思ったけど料理が食べられるって聞いたし。デザートくらい準備してくれているんでしょう?」
「君も相変わらずだな。安心しろ、そこは俺の役割だ。有名スイーツ店から作りたてを持って来させることになっている。楽しみにしていろ」
「さすが。そうでなくちゃ蹴り飛ばさなきゃいけなかった」
「ほどほどにしておけ、
クリス。ここはギルド本部とは違う、異能なき乱闘でもガラスは割れ壁に穴は空く、弁償してもらうことになるからな」
「それは勘弁願いたいな。フィーの首を特務課に持っていけば足しにはなるかもしれないけど」
軽口を叩き合う、このやり取りも久し振りだ。奇妙な心地だった。懐かしむようなことは決してないと言い切れる過去の出来事、その中央に君臨している絶対的な王。それがフィッツジェラルドだ。なのに今こうして話していても怒りは湧いてこない。
「それで、君は何を持ってきた?」
フィッツジェラルドが
クリスの手元を見る。ああ、とそれを持ち上げた。そういえばまだ出していなかった。テーブルの端へと袋を置き、中のタッパーを取り出す。
「突然料理を持ってこいって言われて、かなり困ったんだけど」
「君が料理を持ってくるとは思わなかった。少しばかりの意地悪だったのだが……呆気ないな、つまらん」
「やっぱりそういうことか。だと思って総菜か、むしろ手ぶらで来てやろうかとも思ったんだけど……」
――良い機会だ。
国木田がそう言っていた。良い機会だ、と。何の、かは言っていなかったが、ある程度は予想ができる。
クリスにとっての料理はただ食事を作るというだけの意味ではない。
普通の真似事。
その一つだ。
その機会になると国木田は言った。
クリスが普通の生活をする、その機会になると。ならばそれを無視するわけにもいかない。
わたしは普通になれないかもしれない。けれど、普通を繰り返して、普通に近付くことはできる。そしていつか、真似事が本当になって――わたしは普通になれる。そう教えてくれた人がいた。それを手伝ってくれると言ってくれた人がいた。
わたしは、それに応えたい。
例え本当の「普通の人間」になれなかったとしても、それでも。
袋から取り出したタッパーを置き、
クリスは蓋を開けた。柔らかな赤色が目に刺さる。玉ねぎ、ナス、ピーマン、そういった野菜を炒め、トマトとワインを合わせて煮たものだ。
「ほう」
フィッツジェラルドが中身を見て声を上げる。
「ラタトゥイユか」
「そう」
「もう少し庶民的かつ不格好なものかと思っていたが……こんなものを作れるとは」
「簡単だったよ、レシピ通りにやれば」
「ほう?」
早速とばかりに味見をするらしい、取り分け用のスプーンをオルコットに持って来させ、フィッツジェラルドはそれを一匙自分の皿へと盛った。自前らしい銀のスプーンへと持ち換え、赤いそれを掬う。
「あの、
クリス君」
こそりと横からポオが囁いてきた。
「つかぬことを
訊くのだけれど……一から作ったのであるか?」
「違うよ」
まさか、と
クリスは囁き返した。
「まだ野菜を切るのも下手だし、味付けとかもよくわからないし」
「じゃあどうやって……」
「電子レンジ」
「……は?」
「作り方にそう書いてあったから」
クリスは素直に答えた。
「料理ってレシピ通りに作るのが一番の基本なんだって。だから袋の裏に書いてあった通りに電子レンジで五分温めただけ。温めるだけでも料理になるのってあるじゃない? ホットミルクとか、ゆで卵とか。そんな感じなんじゃないかな」
ポオは何も言わなかった。ぽかんと口を開けている。首元をちょろちょろと動き回っているカールにさえ見向きもしない。相当驚いているようだ。
「美味いな」
フィッツジェラルドが言う。「でしょう?」と
クリスは笑った。
***
ポオはぽかんとしていた。それ以外に反応しようがなかった。
「……あの、ポオさん」
そっとオルコットが囁いてくる。
「もしかして、あれ……」
「……たぶん、というか十中八九そうであるな……」
――冷凍食品。
レンジでチン、もしくは湯煎で数分。それだけで料理ができあがる手軽な商品。まあ確かに温めれば出来上がりな料理もなくはないし、そう言われてしまえば冷凍食品も料理の一つになるのかもしれない。が、その点に突っ込むのは躊躇われた。
理由はただ一つ。
「いろんな種類のがあったよ。パスタとか、グラタンとか」
「何、そうなのか。これほどのものを数分で作れるキットとは……特売といい、日本の量販店はやはり面白い。今度はその本社でも買い取ってみるか」
――話が盛り上がっているからである。
クリスはもちろんのこと、フィッツジェラルドも庶民的な商品については詳しくない。オルコットによればフィッツジェラルドは最近、特売チラシの閲覧にはまっているという。マドラー十二本セットは無事に返品できたらしいが、それでも鍋は延々に増え続けているのだとか。無論フィッツジェラルドが料理をすることはない。
フィッツジェラルドが「騙された」と騒ぐでもなさそうなので、放置しても良いかなとポオは思った。たぶんきっとオルコットも同じ考えに至っている。この勘違いの掛け合いを止めて一から説明するのが面倒であるし、何より嬉々と「わたしにも料理ができた」とはしゃいでいる
クリスが可哀想になりかねない。
ポオもオルコットも、事なかれ主義である。
ここにモンゴメリがいなくて良かった、と二人は言葉を交わすことなく思った。口の多い彼女なら躊躇うことなく「冷凍食品は料理とは呼べない」と言ってしまいかねない。せっかくのパーティの場だ、楽しげな空気を凍らせるのは避けたい。
「……ふふ」
ふとオルコットが笑う。小さなそれはしかし、ポオの耳に届いた。見ればオルコットは穏やかな様子で微笑んでいる。子供が遊ぶ公園を眺めているような、そんな顔だ。
「オルコット君?」
「……いえ、その」
オルコットは恥ずかしげに俯いた。
「……良いなって、思って」
「というと?」
「二人とも、とても楽しそうですから」
確かに、そうだ。
そちらを見る。冷凍食品という手軽商品の偉大さを知った後料理という家事の困難さを分かち合った二人が、意気投合した挙句我流の料理談義を交わしていた。あの店の包丁が良いのだとフィッツジェラルドが言えば、あの店の卵が週一で安くなるのだと
クリスが返す。主婦のようなやり取りだ。が、会話の内容こそよくあるものとはいえ二人は共に家事をしない。机上の空論、取らぬ狸のなんとやら。
けれど、確かに。
――ギルドでは見ることのできなかった光景だ。
ギルドの頃は、
クリスは一切笑わなかった。フィッツジェラルドは常に高慢だった。二人は会話をすることはあれど言葉の端々には棘が残り、周囲の構成員を緊張で硬直させた。いつ殺意がナイフや銃弾の形を取るかわからない、戦場よりも緊迫した空間――それが二人の間にはあった。
けれど今は違う。地の底を知りそこから這い上がって再会した二人には、棘こそあれど殺意はなかった。親しみ、共感、言わずと知れた仲。
人はこれを、友情と呼ぶのだろうか。
「あら、けっこう揃っているのね」
明るい声が上がる。見れば、部屋に入ってきた少女がいた。膝丈のワンピースにお下げの赤毛。
モンゴメリだ。
「ごめんなさいね、フィッツジェラルド様。仕事の方を早く上がることができたから来ちゃった。誰もいなかったら寂しいかと思って。でもそんな心配はいらなかったようね、まさかあなたまで来るとは思わなかったわ」
意外だといわんばかりに
クリスを見、モンゴメリは挑発するかのように人の良い笑顔を浮かべた。が、すぐにテーブルの上のタッパーへと気付く。
「なあにこれ、本格的じゃない。誰が持ってきたの?」
「
クリスだ」
「へ?」
フィッツジェラルドの答えにモンゴメリがぱちくりと目を丸くする。
「あなた、料理できたの?」
「まだ全然」
「じゃあこれは?」
「電子レンジで五分だって」
「それって」
その口が続きを言うより先にポオとオルコットがモンゴメリを部屋の外へと押し戻した。突然のことにモンゴメリは抵抗することもできないまま引きずられていく。
「な、何、何よ!」
「モンゴメリちゃん、あの、あの、ちょっとお話が!」
「少しばかり込み入った話があるのである!」
「何なのよ!」
モンゴメリが喚く。
数分後、いやにニコニコとしたオルコットとポオ、そして不満顔のモンゴメリを加えて五人での料理談義が再開されたという。
――なお、
クリスには後日、国木田から冷凍食品というものについて説明された。その時の
クリスについて国木田は「悲しいことだが教えぬわけにもいかなかった」と話している。
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幕間 -Note by a Researcher-