第3幕
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[Act 3, Scene 17]
三日後の空は憎らしいほどによく晴れていた。
「だが君の顔は酷いものだな」
応接室の大きめのソファに寄りかかるように座りながら、フィッツジェラルドは目の前に立つクリスを笑った。
「君に言われたくはないよ」
思いきりしかめ面をしつつ、クリスは向かいのソファへ座った。ここはフィッツジェラルドの会社であり彼の所有物、使われている家具の類は全て一級品。そうはわかっていても心地良い反動と柔らかさが悔しい。
「今の俺は今日の空のように清々しい気分だが?」
「わかった言い直す。君に顔色を見られるのはこれ以上なく非常に気分が悪い、そういうことは言うな」
「何だ、珍しい」
きょとんとフィッツジェラルドが目を丸くする。
「いつも上機嫌のふりをしているというのに、どうしたのかね」
「……寝不足だよ。この三日間ね。ずっと調べ事。君と違ってわたしは暇じゃないんだ」
「ほう、君にも睡眠が足りないという現象が発生するのか、初耳だ」
「いい加減にしないと口に氷突っ込むよ?」
じろりと見遣れば、ようやく元上司は「わかったわかった」と肩をすくめる。こちらはこうだというのに、この男、妙に機嫌が良いようで癪に障る。
「し、失礼します」
おど、とオルコットが珈琲を二つ持ってきた。カチャ、とテーブルにそれを置いた元同僚へ「ありがとう」とにっこり言えば、彼女は顔を赤くしてそそくさと部屋を出て行ってしまった。初対面ではないというのに、やはり彼女とはまともに会話ができない。
「……あのオルコットとモンゴメリが仲良いなんて、ねえ」
「何か言ったか?」
「いいや、何も。――それで」
珈琲を一口飲んだ後、クリスはソファの背から上体を離した。前屈みになりつつ、その傲慢な目を睨み上げる。
「手記は」
「わかっている」
フィッツジェラルドは胸元に手を入れ、それを出した。透明な袋に入った、数センチ四方の黒いプラスチック板。
――記憶にあるものと同じだ。
す、とテーブルの上に置かれたそれに手を伸ばし、拾い上げる。じっとその裏表を見た。見た目は市販されているチップ状の記録媒体と相違ない。が、わずかに外装や内部の金属板の形が異なっている。いわば、既存の記録媒体を模した贋物だ。
「これに異能が?」
「間違いない。当時の調査報告書もある」
そう言い、自身の横に置いていた茶封筒を投げるようにテーブルへ置いた。手に取り、中の紙束を取り出してパラパラとめくる。
「どんな異能か、もわからないのか」
「残念ながらな。……クリス」
ふと顔を上げれば、フィッツジェラルドは笑みのない真剣な様子でクリスを見据えてきた。
「これからどうするつもりだ」
これから、か。
さてね、とクリスはざっと流し読みした資料を封筒に戻し、テーブルに置いた。
「とりあえず軍事施設があったらしい場所が近くにあることがわかったから、そこに行ってみるつもり」
「軍事施設だと?」
「今はもうないよ。爆発で吹き飛んだらしい。その跡地に行ってみる。何か残っているかもしれない」
「君にしては曖昧な言い方だな」
ぴくりとフィッツジェラルドの片眉が上がる。
「情報が不確かな状態で実際に現地に行くとはな。不確実性は君が一番恐れていることだろう。そこに敵がいるかもしれない、罠かもしれない、そういったことを掻き集めた情報によって回避するのが君のやり方だったはずだが」
「……そうだね」
「クリス」
「大丈夫だよ、君に言うつもりがなかっただけで、実は確信がある」
チップをウエストポーチにしまう。ソファから立ち上がり、くるりと背を向けた。
「七年前、かつて軍事施設があった場所で黒炎騒ぎがあったらしい」
「黒炎だと?」
「面白いでしょう? なかなか興味深い」
廊下へ繋がる部屋の扉へ向かいながら、ふふ、とクリスは口端をつり上げる。
「あの場所は大戦末期に大爆発によって吹き飛んだ。それに似た、黒炎を伴う爆発が一時期頻発したらしいんだ。無関係とは思えない。そして」
部屋の出口の前で半身振り返り、クリスは話に聞き入っている元上司へと人差し指を立てた。
「その調査をしていた人間が何人かいたことも掴んだ。租界近くで不埒な輩もいる場所だから治安が悪い、黒炎騒ぎが七年前だから全員が生きているとは言い切れないけれど、一人くらいは釣れるだろう」
「釣る、だと?」
「同じ騒ぎを再現すれば、前回の騒ぎを知っている人間は詳細を確かめに来る。そこを捕らえて情報を聞き出す。軍事施設の存在は当時の資料を盗み出して裏付けした、正確な位置も把握してる。あとはその詳細を調べるだけだ。あの場所での爆発殺人盗難暴行は日常茶飯事らしい、目を付けられることもないだろうし、そんなミスをする気もない」
それじゃあね、とひらりと手を振り、クリスは扉を開けて部屋を出て行こうとした。その耳に名前を呼ぶ声が届く。
「……鞄につけているそれは何だ」
「うん?」
腰を見る。そこにあったのは、黒いウエストポーチの横で揺れる、桃色のマスコット。
「ああ、これ?」
扉を開けると、廊下の窓から差し込んだ日光が即座にクリスを照らした。その光を全身に浴びつつ、クリスはしかめ面をしている友人へニイと笑いかける。
「素敵でしょう? お気に入りなんだ」
するりと部屋を出、扉を閉める。パタン、と心地良い音がフロアに響き渡った。