第3幕

夢小説設定

この終焉(おわり)なき舞台に拍手を
本作品の夢主は英国出身北米育ちです。
カタカナでの名前を推奨しております。
名前(ファーストネーム)
名字(ファミリーネーム)
舞台女優名

***


「先程の言葉、訂正させてください」

 ふとクリスが言った。包丁を手にガバリと国木田を見上げる。

「人体より難しすぎませんかこれ! なんで肉切包丁じゃないんですか!」
「ニンジンを切るのになぜ肉切包丁を使わねばならんのだ」
「固すぎですよこれ! 刃を立てても固すぎて切れないし、あまりにも固いから体重乗せようとしたらまな板の上で滑って転がっていくし!」
「体重を乗せんでも切れる。きちんと左手で押さえろ。あと、包丁は基本的に斜めに切り込んでいくと良い」
「どういうことですか!」

 クリスは野菜相手にかなり苦戦していた。先程はじゃがいもを切っていたが、やはり不安定な形だからかころころと転がってしまい、何度か指を切りかけていた。今回は早々に判断して国木田が皮むきをしたが、彼女が包丁でじゃがいもの皮むきができるようになるのはいつのことだろうか。
 貸せ、と言った国木田に、クリスは大人しく包丁を置いてまな板の前から下がる。国木田は左手の使い方や包丁の使い方を口で説明しつつ、実際にニンジンを切ってみせた。ふむ、とクリスは国木田の手元を見つめつつ唸る。

「難敵ですね」
「どこがだ」

 苦戦したのは野菜だけではなかった。コンロを初めて触ったというのだから、もちろん火の付け方すら知らないようで、菜箸やおたまの類も名前から教えることになった。ガスコンロを使う際は換気扇を回す、といった当然のことも一から教えた。彼女は器用だし記憶力がある。一度教えればある程度は覚えるだろうが、これほど無知では教える側もままならない。
 そうこうしているうちにカレーはでき上がった。慣れない手付きでしゃもじを持った彼女が炊飯器からご飯を平皿によそう。手渡されたそれへカレーをかければ、不揃いなじゃがいもやにんじんがごろりとご飯の上に乗った。金粉を輝かせながら、白い粒の中に茶色が染みこんでいく。ふわりと白い湯気が立つ。つんとした香ばしい香りが台所に広がる。

「うわあ……」

 居間のテーブルに並んだ二つの平皿を眺め、クリスは声を上げた。ふにゃりとその表情がほころぶ。

「美味しそう」

 その笑顔に、国木田は「そうだな」と呟くように返した。
 テーブルを挟んで向かい合って座る。手を合わせた国木田を真似し、クリスも不慣れな様子で両手を合わせた。

「いただきます」
「……いただきます?」

 落ち着かない様子でそう言った後、クリスはスプーンを持ってカレーへとそれを差し入れる。すくい取ったそれを持ち上げ、そっと口に運ぶ。何度か咀嚼し、飲み込み、そして――微笑んだ。

「美味しい」

 二人がカレーを食べ終わるのはすぐだった。食べ終わった後もまた、国木田の真似をしてクリスは両手を合わせる。聞けば、食事の前に挨拶を入れる国は少ないのだという。

「神様に挨拶することはあるんですけど、食事そのものに感謝の言葉を言う文化はあまり知らないです」

 でも、と彼女は国木田へと笑いかけた。

「良い文化ですね」
「ああ。特に意識したことはなかったが、気に入っている」
「あ、お皿わたしが洗います。だいぶできるようになったんですよ」

 クリスが立ち上がって自分と国木田が使った食器を手に取り、台所へと向かう。蛇口をひねる音と同時に一定量の水がシンクを叩く騒音が聞こえてきた。一呼吸挟み、国木田はそちらへ声を掛ける。

「……いや、水に漬けておけば良い。後でやる」
「でも」
「今は良い。……ここに座れ」

 カチャ、と皿を置く音が微かに聞こえてくる。台所に立ち尽くしたクリスが、国木田を見て黙り込む。
 その無垢を装う青に、再度告げる。

「座れ。話がある」

 何かを言おうとしたのを諦めるように、クリスは無言のまま国木田を見つめていた。瞬きが彼女の青の眼差しを隠す。そっと、ため息を殺すように小さく肩が上下する。そして蛇口へと手を伸ばし、先程と逆の方向へひねった。途端、水の音も途切れる。
 静寂が部屋に満ちる。ギシ、と床を軋ませながら彼女は国木田のそばへ来、目の前へ座った。
 青が見上げてくる。
 その青を見据える。

「……お話って何ですか?」

 クリスはふわりと笑う。人の目を惹き付ける、色気すらも感じるような大人びた笑みでもあり、そして。
 ――国木田が何をするかと警戒している、本心を隠すための笑み。
 彼女には嘘は通用しない。下手に遠回しに言えば逆手に取られて真相が誤魔化されるだろう。ならば、直接的に尋ねるしかない。

 ――手放すなよ。

 乱歩の声が、目が、脳裏から離れない。
 足元に隠した紙切れに触れ、躊躇いの後、国木田はそれをクリスの膝の前へ置いた。
 瞬間。

「――ッ!」

 笑みが消える。青が動揺に見開かれる。引きつった声が微かに空気を揺らし、少女の全身が硬直する。膝の上に乗せられた両手は、震えを隠すように強く握り込まれた。

「……料理の間に、あなたの鞄から抜き出した」

 静寂の膜が破れた部屋に、国木田の冷静な声はよく響く。

「今日で最後にするつもりだったのか」

 問いに答える声はない。国木田は眉間のしわを深めつつ、自分が差し出したそれに見入る。書かれている日付は三日後。場所は国際空港。

「……何も、言わずに」

 国木田が差し出した紙は、海外行きの搭乗券だった。
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