第3幕
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[Act 3, Scene 14]
ドストエフスキーが軍警に囲まれつつ歩き去っていく様子を、フィッツジェラルドは見つめていた。
「探偵屋」
隣に立ち同じ光景を見つめるかつての敵へと問いを投げる。
「奴の異能がわかるか」
「……いや」
黒の蓬髪を風に晒しながら、茶色のコートの男は静かに答えた。探偵社の一員にして稀有な異能無効化能力の所持者。オルコットの予知異能と渡り合った頭脳の持ち主。それでさえもわからない、鼠の親玉の異能。
「触れただけで相手を殺す異能か、それとも何らかの条件により発動する異能か。何にしろ厄介だな」
言い、足元に転がった武装員を見つめる。他の武装員によってその遺体は運ばれようとしていた。ガスマスクの向こう側は血で汚れきっていたが、全身を覆うスーツに傷は一つもない。完璧なまでに戦闘に特化したスーツの中で、それは血を吹き出し息絶えた。
ドストエフスキーの腕を掴んだ、ただそれだけによって。
「今回は奴を捕らえられたことを喜ぶべきなのだろうが……」
どこか剽軽な性格を思わせる彼は、神妙な顔で眉を潜めている。
「ともあれ、感謝するよフィッツジェラルド。君に協力してもらえて助かった」
「何、鼠を欺くのも悪くはない。〈本〉を求める敵が減るしな」
本心の一部を言えば、太宰はそれを見通したかのように含み笑う。一度協力したとはいえ、探偵社とは未だ敵対関係にあるのだ。互いに腹の底を晒すような愚かな真似はしない。
「そして君の可愛い部下のことも守れる……かな?」
太宰がくるりと背後を見遣る。つられてそちらを見、そしてそこに立っていた少女の姿に目を見開いた。
亜麻色の髪に、青の目。
「フィー、それに……太宰さん?」
深く被ったフードの下で、驚いたように目を瞬かせていたのはクリスだった。店の奥のテラス席から出てきたらしい。なぜここに、など問う必要はなかった。
彼女は〈神の目〉を使ってドストエフスキーの居場所を割り出していた。奴に関わりを持っていることは確かだ。だが、クリスの性格とやり方を考えれば探偵社に自らの目的などを教えているとも思えない。それでも太宰は、彼女の行動を見通していたか。
「何かの取引ですか?」
クリスは驚きを隠せない様子で軽く笑む。対して太宰はにっこりと笑って片手を広げた。
「そんなところだよ。君は?」
「知り合いと茶会を。もう終わって、帰るところだったんですが」
二つの笑みが交わされる。偽りと偽りが、交差する。
互いの真の目的を隠したやり取りが、フィッツジェラルドの目の前で行われている。それは彼らの常に違いなかった。クリスが探偵社を仲間だと認識して共に行動しているとは思えない。彼女にとって太宰は敵でしかないはずだ。
「あ、そう」
からりと太宰は笑う。
「ちなみに何の話を?」
「プライベートな話ですよ、残念ながら内容はお話できません」
悪戯っぽく人差し指を唇に当てたクリスに、太宰は「なあんだ」と肩を竦める。
「楽しかった?」
「ええ、とても。太宰さんは?」
「まあまあだね。悪くはなかったけど」
一見、何気ないやり取りだった。
しかし、実際に交わされたのは探り合いの会話。
ドストエフスキーと何を話したのかと尋ねた太宰に、クリスは拒絶を示した。その内容は有意義なものだったのかという太宰の問いに、クリスは是と答えた。
クリスはどうやら、ドストエフスキーから何か情報を得たらしい。太宰に言えない内容、とするとその身に関することか。
「フィー」
その整った笑みを残しつつ、クリスが無邪気にフィッツジェラルドを見上げてくる。
「後で顔を出しに行くよ。話がある」
「話だと?」
「ちょっとした思い出話さ。せっかく再会できたんだから」
――ドストエフスキーから聞き出した何かについて、確認を取りに来る。
そういうことか。
「構わんよ」
短く言い頷けば、クリスは形の良い笑みを妖しげに深める。そんな陽気な彼女を見つめつつ、太宰が考え込むように目を細めていた。