第3幕
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***
予想通りの場所にプシュキンは現れた。今回の事件の中で最も安直で苦労のない一場面だったと言い切れる。福沢と森に殴られた末ロープでぐるぐる巻きにされたプシュキンを見下ろしつつ、国木田はアジト内部にいる敦へと通信機越しに呼びかけた。
「敦、聞こえるか」
『国木田さん!』
歓喜に浮ついた声が聞こえてくる。そちらは確か、もう一人の構成員に手間取っていたはずだ。この声を聞くに敦達も片がついたらしい。
『ウイルス異能が消滅したのを確認しました、プシュキンを捕らえたんですね』
「ああ。そちらはどうだ」
『岩を操る異能者と交戦して、何とか倒したところです。今そいつが自白した場所に来たんですが……』
「まだアジト内にドストエフスキーがいるはずだ、気を抜くな」
『そ、それが……』
歯切れ悪く言い澱み、敦はその一言を告げてきた。
『い、いないんです』
「……何?」
『いないんです、国木田さん。監視カメラに写らない場所も花袋さんに教えてもらって、隈なく見て回ったんですが……どこにも……』
「馬鹿な」
そんなはずはない。逃走車や戦車、ヘリ、どこにもその姿は結局なかった。街は探偵社とポートマフィアが見張っている。アジトは常に国木田達が見張っていた。アジト以外に奴がいるはずはない。
『……く、国木田さん』
「何だ!」
敦の震えた声に怒鳴る。舌打ちしそうなほどに嫌な予感がした。先程までの明るさが失せた声で、敦は通信機越しに言う。
『……ラジオ、だそうです』
「ラジオ?」
『今、岩の異能者が……ドストエフスキーはアジトに訪れてすらいないと……命令は全て、ラジオのリクエスト曲で行われていたと……』
「……な、んだと……?」
『ドストエフスキーは、もう……』
敦の声が尻すぼみになり、やがて聞こえなくなる。静けさの中に、微かに音楽が聞こえてきていた。クラシック曲だ。聞いたことのある、軽やかな高音が美しいピアノ曲。
これが、魔人からの指令。誰の耳にも届き、誰もその真意を読み取れない絶対不可侵の高度な通信。
呆然と立ち竦む。耳に、遠くからのクラシック曲が流れてくる。慰めるように、励ますように、国木田達の状況を嘲笑うように。
――見慣れた少女の身軽さに似た、軽やかな旋律で。
瞬間、脳に一閃が走った。銃弾を撃ち込まれたかのような衝撃が、息を詰まらせ、視界を白く点滅させる。
「敦」
『は、はい』
「今流れている曲は何だ」
『え?』
「今流れている曲は何だと訊いている!」
『え、えっと、今ちょうど終わるところなので、たぶん曲名が紹介されると思うんですが……』
しばらく黙り、そして敦は国木田が予想していた曲名を告げた。
『亜麻色の髪の乙女、だそうです』
――本当は、すごく怖いんです。
記憶の中で、震える青に恐怖を映しながら少女が微笑んでいる。