第3幕
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***
ホテルに戻って傷の手当てを終えた後、クリスはドストエフスキーについて調べていた。その最中にたまたま目に入ったのが、あの裁判での出来事だったのだ。
「風貌とかやっていることとかがまさしく君だったからびっくりしたよ。けど本当にフィーだとは思わなかった」
「虎の少年に死んだと聞かされたが、あれは嘘か」
「良い方法だったね。現に君はわたしを探そうともしなかった。こんなに簡単ならもっと早くやっておけば良かったよ」
結局フィッツジェラルドの部屋でソファに座り、クリスは楽しげに笑う。オルコットが持ってきた紅茶に口をつけた後、クリスは背筋を伸ばしてかつての上司を見据えた。
「単刀直入に言うよ。〈神の目〉を使わせて欲しい」
「何故だ」
「探したい相手がいる」
「タダでは許可できんな」
「いくら?」
「金でも良いが、君は既に俺が言いたいことをわかっているだろう」
フィッツジェラルドが以前と変わりない眼差しでこちらを見据えてくる。圧のある、人の上に立つ人間の眼差しだ。
「……君の元には戻らない」
「では〈神の目〉の使用は許可できん、帰りたまえ」
「なら勝手に使わせてもらう。ビル内部に侵入できたから、あとは内部ネットワークにアクセスするだけで乗っ取れる」
互いに黙り込み、睨み合う。オルコットが目の端でオロオロと右往左往している。エクルバーグはといえば、この緊迫したやり取りに硬直しきっている。
――酷く懐かしい景色を、見ている気がした。
ふ、と笑ったクリスにフィッツジェラルドは拍子抜けしたように目を瞬かせた。
「いや、変わらないなと思っただけ。君と話すといつも周りは慌てたり固まったりしててさ」
「それは君がいつナイフを取り出すかわからんからだろう」
「フィーだってペンを投げつけてきた時があったじゃないか」
「そうだったか」
「とぼけないでよ。後ろにいた構成員にヒットして大騒ぎになったんだから」
オルコットとエクルバーグがそっとフィッツジェラルドとクリスから離れる仕草をする。その反応も見覚えがあって、クリスは笑みを深めた。
「君の元には戻らない。これだけは変えられない。だから、代わりの案を持ってきた」
ポケットから二つ折りになった紙を取り出し、テーブルに置く。スッと机上を滑らせるように差し出したそれを、フィッツジェラルドは手に取って指で広げた。
目が紙面を眺める。彼の顔に驚愕が現れる様を、クリスは見つめていた。
「……これは」
「嘘だと思うなら今電話してみなよ。すぐに出てあげる」
ポーチから連絡用端末を取り出し見せつけるように振る。フィッツジェラルドは静かに目を細めた。
「……どういう風の吹き回しだ」
対してクリスはにこりと笑う。
「気分かな」
「……一つ聞こう、クリス」
静かな声が低く響く。
「なぜ俺の前に姿を現した。君ほどの腕なら俺に会わずとも〈神の目〉を乗っ取れただろう。……何が目的だ」
「目的、か。返事に困る質問だね。そうだなあ、強いて言うなら」
目を伏せ、微笑む。
「……君が生きていることをこの目で確かめたかった、かな」
クリスの返答にフィッツジェラルドが考え込んだのは一瞬だった。紙がフィッツジェラルドの胸ポケットに入れられたのを見、クリスは立ち上がる。
紙が受け取られたということは、交渉が成立したということだ。
「博士、彼女を〈神の目〉の部屋へ連れて行ってやれ」
「い、良いんですか代表。記者の人に直接触らせて……」
「構わん。第一に彼女は記者ではない」
「じゃあ……」
戸惑うようにエクルバーグはクリスを見遣る。その視線ににっこりと笑顔を返した。
「初めまして博士。クリス・マーロウです」
「彼女は元同僚の諜報員だ。そして」
躊躇いもなく、フィッツジェラルドは続ける。
「――俺の友人だ」