第3幕
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[Act 3, Scene 11]
異能者が多く集う魔都ヨコハマ。フィッツジェラルドはこの街で敗北を喫した後、死人のように貧民街を彷徨った。気弱なオルコットが単身探しに来なければ、いつまでもゴミ溜めの中で小銭を求めていただろう。
ソファから立ち上がり、窓辺に歩み寄り街を見下ろす。警備会社マナセット・セキュリティの高層ビルは今やフィッツジェラルドのものだ。本国とは違う貧相な街並みを見下ろし、フィッツジェラルドは腕を組む。
「何やら騒がしいとは思っていたが、ポートマフィアと探偵社が抗争だと?」
「傘下企業からの報告ですが……今朝ほどから、ポートマフィアの構成員の動きがいつもと違うようです」
オルコットがおどおどと言う。
「探偵社の方も臨時休業だそうで……」
「ふん、もう少し早くそうなっていれば、ギルドが横から利益を得られたんだが。――先の戦争で探偵社とポートマフィアとで潰し合わせる作戦は採用したものの、やはり長を狙うのが最も効率的だったか。惜しかったな」
冗談混じりだが本心だ。ギルドは探偵社とポートマフィアの共同戦線という予期せぬ抵抗に遭い、敗北した。その二組織が現在抗争勃発寸前だというのだから笑ってしまう。
「まあ良い、これでどちらかが潰れたのなら今後の〈本〉の捜索がやりやすくなる。両方が共倒れしたならば願ってもないが」
そう言いつつも、胸の内に湧き上がる疑問を無視しきれない。フィッツジェラルドは顎に手を当て、街を見下ろしながら考え込む。
武装探偵社とポートマフィア、異なる組織とはいえどちらもギルドとの三組織戦争では最終的に協力し合っている。加えて少なからず疲弊しているに違いないのに、大規模な抗争など起こす状態に持ち込むだろうか。
何もないところから火は生じない。何かきっかけがあるのは確かだろう。それは彼らが元々持っていた火種というよりは、外部から持ち込まれた火種と見る方が近い気がした。
となれば、誰が。この街にポートマフィアへ楯突く組織はなく、探偵社を敵に回す組織もない。だからこそ、ポートマフィアと武装探偵社へ狙いを定めて戦争を挑んだのだ。
「しばらく傍観だな。もしかしたら俺達に利が回ってくるかもしれん」
「はい」
「あ、代表」
エクルバーグが部屋へと入ってくる。彼が前会長に殺人の濡れ衣を着せられたことを利用して、フィッツジェラルドはこの会社を手に入れた。会社だけではない。警備収入、元軍人の傭兵、そして何より〈神の目〉だ。
「代表にお客様だそうですよ」
「客だと?」
ちら、とオルコットを見遣る。オルコットは慌てたように首を振った。
「アポイントメントはありません、この時間に予定されていた会合はないはずです」
「飛び入りか。会社のトップに対して無礼な行いではあるが……相手は誰だ」
「記者だって言ってました。何でも、あの裁判での出来事を記事にしたいのだとか」
あの裁判、というのは言うまでもなくエクルバーグが有罪とされかけた裁判のことだ。フィッツジェラルドはそれへ乱入、エクルバーグではなく前会長が殺人犯だと仄めかした。確かにネット上ではそこそこ有名な出来事だ、おかげで株価操作も上手くいき、今こうして代表とまで呼ばれている。
「そうか。ちょうど時間もある、第一会議室に通せ」
「わかりました」
エクルバーグがきびすを返して戻っていく。その軽やかな足取りは初めて彼と出会った時とはまるで違っていた。身に覚えのない友人への殺人罪を着せられていたのだ、普通の人間には堪えるのだろう。メッキ液を飲むなどという馬鹿げたことをしようとするのも仕方がないか。
殺人に慣れた身では、友人の死を知ったところであれほど錯乱することもない。ただ受け入れるだけだ。
最も、と息を吐く。
――初めて失った命が親友のもので、それを奪ったのが間違いなく自分の手だったのなら、話は違うかもしれないが。
「オルコット君、第一会議室の予約の手配を。一時間程度で良いだろう」
「はい」
オルコットが内線で電話をしようと受話器を上げる。その時だ。
「ち、ちょっと困ります!」
エクルバーグの泣きそうな声が聞こえてきた。
「お客さん、その先は社員以外立ち入り禁止で……!」
扉の向こうからの声は次第に大きくなっていく。そして。
――バァン!
扉が大きく開け放たれ、一人の人間がズカズカと入ってきた。帽子にサングラス、簡素なシャツとパンツ。なるほどこれが訪ねてきたという記者か。
「……あなたが、ここの代表さん?」
凛とした声が発せられる。女性のようだった。
「だとしたら何だ」
「まさかとは思ったけど、本当だったとはね」
記者はサングラスを外し、帽子を取って束ねていた髪を解く。ふわり、と髪がその肩へと広がる。
照明を受けて輝くその色は、亜麻色。
「久し振りだね、フィー」
顔を上げた、そこにあったのは。
――緑に縁取られた鮮やかな青。
「酷い顔だ」
彼女はクスクスと軽やかに笑う。
「まるで死人が目の前で蘇ったかのようだよ」
「……生きて、いたのか」
唾を呑む。呼吸が浅くなっていた。ようやく出た声は細く、微かに震えていて。
「それはこちらのセリフだ。……生きていたんだね、フィー」
フィッツジェラルドの目の前で、クリスは懐かしむように目を細めて微笑んだ。