第3幕
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***
ホテルに戻ったクリスへ、フロントから荷物が届いていることを告げられた。手のひらに乗る程度の大きさと軽さであるそれを受け取り、部屋に入る。いつも通り部屋に盗聴器の類が設置されていないことを確認した後、クリスはベッドへと腰掛けた。几帳面な字で住所の書かれた封筒を眺める。
本か何かかと思ったが、どうやら違うようだ。ナイフを取り出し、口を裂く。
「……これは」
中に入っていたのはピンクのクマのキーホルダーのようだった。しかしそれにしてはクマの部分か分厚く大きい。パッケージの説明によると、クマについている紐を引っ張ると音が鳴るようだ。商品名は、防犯ブザー。
「……防犯?」
音が鳴るだけで犯罪を防げるのか。疑問を抱いたクリスがふと思い出したのは、爆弾盗難事件の際に雑誌記者に絡まれた時のことだ。
あの時、国木田は「周囲に助けを求めろ」と言っていた。あれだけの人通りなら、声を上げれば誰かしらが助けてくれるはずだから、と。
どうやらこれは、声を出しにくい女性や子供のための商品らしい。音で周囲に危機を知らせるというものなのだ。
「……ははッ、あははッ」
漏れ出た笑い声は乾いていた。クマを胸に当て、ぐっと握り込む。
「……全然、わたしに必要ないものじゃないですか」
これを使うのは、恐怖を前にして声すらも出なくなるような、ひ弱な人々だ。異能もなく、のうのうと平穏を謳歌している普通の人々だ。なのに。
――普通を真似たいのなら真似れば良い、いくらでも手伝ってやる。
「……どうして」
あの真っ直ぐで偽りのない眼差しを思い出す。クリスの何を知っても差し伸べる手を躊躇わないあの人を、思い出す。
何度も何度もクリスに"普通"の接し方をしてくれる、あの優しさを思い出す。
――これ以上関わるな。
あの申し訳なさを滲ませた声を思い出す。
「……ごめんなさい」
膝を抱える。胸にクマを抱えたまま、体を丸める。
「……わたし、やっぱり普通になれないよ」
腰からポーチを外し、クマの防犯ブザーをそっとその中に入れる。立ち上がり、クローゼットへと歩み寄ってポーチを中にしまった。代わりにその中から大きめの鞄を取り出す。姿見の前へと移動。下着とブラウス以外全てを脱ぎ、鞄から取り出した服を身につける。
真っ直ぐなラインがきっちりと浮き立つそれは、よくあるスーツパンツだ。革靴を模した靴を履き、靴底にそれぞれ一本ずつナイフをしまう。
腰ベルトを締め、左右へ拳銃の入ったホルスターを吊り下げる。そして、男物に似た丈の長い上着をバサリと広げて羽織る。内側には銃弾とナイフが備え付けてあった。
袖に手を通し、黒手袋をはめる。手首の留め具をしっかりと留め、表腕の袖口にナイフを潜める。髪を後ろでまとめ、最後にサングラスをかけた。
そこにいるのは、夜の管理者を名乗る組織の一員と何ら変わらない、黒ずくめの女。
「……ポートマフィアのボスが倒れたと知って、黙ってその回復を待つほどの優しさはないんだよね」
未だ明るい外を見据えながら窓を開ける。ふわり、と太陽の熱を含んだ風が吹き込んできた。
サッシに乗り、越える。カツン、と空中の薄氷へと降りた。窓を閉め、くるりと振り返って街を見下ろす。
「……行こう、【テンペスト】。これで仕留められたら、わたしを狙う人間が一人減る」
風がクリスを包む。晴れた空の中、天に先を突き刺す高層ビルへとクリスは駆けていった。