第3幕
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***
ナオミは膝を抱えてうずくまっていた。春野の部屋に避難してきたものの、探偵社と距離もあり現状は掴めない。たまに情報が入っては来るがどれも良くないものだった。
「ナオミちゃん」
春野が台所からお盆を持ってくる。カップが二つ、乗っていた。
「お茶にしましょう。温かいものを飲むと落ち着くから」
「……ありがとうございます、春野さん」
春野は低いテーブルの上にそれらを置く。床に座り直し、ナオミはカップの一つに手を伸ばした。じわり、と熱が指の腹に刺さってくる。
「最近買ったブレンド茶なの。お肌に良いんですって」
「レモンの香りがしますわ」
「フルーティだから飲みやすいわよ」
縁に口をつけ、そっとカップを傾ける。
「……美味しい」
「そう、良かった。あ、お菓子も出しましょうか。洋菓子と和菓子、どちらが良い?」
「……春野さん」
「何?」
「ありがとうございます」
何度も言ってきた言葉を再び口にすれば、春野は「良いのよ」と笑った。
兄と離れ離れになっているナオミを、春野は気遣ってくれている。それが嬉しくて、けれど不安は拭えなくて、ナオミは誤魔化すようにもう一口紅茶を飲んだ。
先程、福沢が運ばれた病院がポートマフィアによって包囲されたという情報が入ってきた。探偵社員は総出で敵からの猛攻に耐えている。兄もまた、その場にいるのだ。
「大丈夫よ、ナオミちゃん」
春野が背中をさすってくれる。
「ギルドとの戦いの時も何とかなったんだもの、社長も皆さんも無事に帰ってくるわ」
「……そう、ですわよね」
ギルドとの戦いの時も、どうなることかと怖くなった。けれど危機を切り抜け、街には再び平穏が戻ってきている。あの危機を乗り越えたのだ、今回も乗り越えられないわけがない。
「……信じなきゃ」
信じなければ。兄を、同僚を、社長を。ナオミが信じてやらなければ、誰が兄の帰還を待ってやれるというのか。
春野が隣でにこやかに頷く。
「そうよナオミちゃん。信じるのよ」
「そうですわね。すみません、気弱になってしまって」
「良いのよ、お互い様よ。……それに、二人だけだとどうしても不安になってしまうものね」
いつもは多くの社員や事務員と共に仕事をしている。何か大きな問題が起こったとしても、互いに話をしていれば不安は消えていた。二人だけというこの状況は、それだけで不安を強くしてしまうようにナオミは思う。
「誰か呼びましょうか? 例えば……クリスさんとか」
「良い案ね。彼女、いつも明るくて一緒にいるだけで楽しくなるから。……でも、お仕事とか大丈夫かしら」
「少し顔を出してもらえるだけでも違いますわ。頼んでみましょう」
ケータイを取り出し、クリスへと発信する。ケータイを耳に当てながらナオミは春野を一瞥した。彼女こそナオミを気遣い明るく接してくれているが、心身ともに疲労している様子が窺える。聞けば、愛猫のミィちゃんが少し前から姿を消しているらしい。猫がポートマフィアに狙われることはないだろうが、普段一緒にいる家族というのは不安な時に一番そばにいて欲しい存在だ、春野の心労も積もり積もっているに違いなかった。クリスには迷惑かもしれないが、少しでも春野の不安を除けたらと思っている。
しかし。
「……繋がりませんわ」
何度か発信し直してみる。しかし、やはり聞こえてくるのは「お掛けになった電話番号は……」という電子音だけだ。
「仕事中なのかも?」
「クリスさんは舞台女優ですわ、仕事中は荷物を楽屋に預けているはずですし、電源を切る必要はないと思うのですけれど……」
互いに顔を見合わせ、首を傾げ合う。
「……また後で電話してみましょうか」
「そうですわね」
言い、ナオミは手の中で電子音が鳴り続けているケータイを見つめる。受話器を下ろすマークを押下すれば、その音はふつりと途絶えた。