第3幕
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***
「……福沢さんが」
劇場の個室で壁に背を預け、クリスは呟いた。人気のない来賓用の楽屋は滅多に使われず、物の少なさからくる沈黙が冷え冷えと体を包んでくる。煌びやかで薄手の舞台衣装は肌寒く感じた。その冷え込みを助長するかのように、耳に当てたケータイから国木田の張り詰めた声が聞こえてくる。
『おそらく俺達が会ったあの仮面の男が犯人だ。……奴と知り合いなのか』
国木田の直球の問いに、クリスは黙り込む。
銃弾を弾く防御壁、宙を踏む行為、射出された弾丸状のもの。その全てを行える人間を一人、知っている。
「……わたしの異能の使い方は、ギルドにいた時に学んだものです」
『……何の話だ』
「彼は、自分の異能のことを”神の言葉”だと言っていたんです。異能を誇りにしていた。……あの人が、神の言葉を踏み付けるわけがない」
クリスがよく使う、空中に薄氷を生じさせ宙を移動する方法、あれと同じことを昨夜の仮面の男はしていた。しかし踏んでいたのは薄氷ではなく彼自身の異能――己の血液であり、神の言葉を象ったもの。
「あれは違う」
ぐ、と衣装の裾を握り締める。
「あれは紛い物です」
『……では、奴は一体』
「詳細が不明ですが……少なくとも、わたしの知るあの人ではありませんでした」
『ではあの伝言とやらは何だ』
「それは」
――『あなたには力がある』。
道化師が告げてきたあの言葉を、一言一句違わず仮面の男も言った。となれば伝言を託してきた主は同一だろう。何を意図して、二度に渡ってクリスにそれを伝えてきたのか。そもそも彼は――ホーソーンはなぜ道化師と同じ人間の元にいるのか。
ホーソーンはギルドが崩壊した後どこへ向かったのだろう。
「……わたしにもわからないんです。何のことなのか、誰からの伝言なのか」
『そうか。……あまり一人で出歩くな、また奴に襲われないとも限らん』
「相手が彼なら手の内は知れています、問題ありませんよ。今はわたしよりも福沢さんのことを優先してください」
状況が状況だからだろう、国木田が渋々「わかった」と返してくる。二言三言話し、通話を終えた。通信端末を隠し持ったポーチに戻し、考え込む。
「……謎の症状で意識不明、か」
発見当時、福沢は首元に傷を負っていたという。外傷はただそれだけで、その傷自体は症状の原因ではなかった。ホーソーン相手に切り傷一つで済んでいるのだから福沢の強さは並ではない。
そう思うのと同時に、クリスは違和感を拭えなかった。
「……なぜ殺さなかった……?」
福沢の異能は戦闘向きではない。どんなに武術に秀でていようとも、ホーソーンを切り傷一つ負っただけで撃退できるとは思えない。何か目的があって、ホーソーンは福沢を襲い、すぐに退いたのだろう。
暗殺を行うホーソーン、謎の伝言、意識不明の福沢。
伝言を託されていた、ということは今のホーソーンにはフィッツジェラルドとは違う上司か主がいる。ホーソーンが福沢を襲ったのも自分の意思ではなく命じられたからだと予想がつく。では、なぜ福沢だったのか。
暗殺者として知名度を上げていた人間が、福沢にだけは暗殺を決行しなかった。その点に関してはクリスと国木田に対してもそうだ。
――今宵の目的は達成されました。
――青き眼の同胞へ伝言です。
あの暗殺者には目的がある。クリスに対しては伝言を伝えることだった。では福沢には何だ。何の目的があった。
無論、この状況を作り出すことだろう。福沢が倒れ、探偵社が混乱しているこの状況を。
「……探偵社、が」
ハッと息を呑む。
「そうか」
この事件は福沢が襲われたのではない。
――探偵社社長が襲われたのだ。
武装探偵社の長が倒れたこの状況、一番に得をするのは間違いなくポートマフィアだ。しかしギルド戦を経た今は互いに衝突を避けている、この状況に乗じて探偵社を潰すようなことはしてこない。
ならば誰が動く。
わかりきっている。
「……青き眼の、”同胞”」
――碧眼のネズミは契約に必須です。
急いで通信端末を取り出し国木田に電話を掛ける。数コールの後『俺だ』と聞こえてきたその声を掻き消すように言った。
「先程太宰さんが福沢さんの現場へ行ったって言ってましたよね」
『あ、ああ』
「急いでそこへ向かってください。できれば複数人で、救急車も呼んで」
太宰ならこの程度、すぐに思い至っているはずだ。その上で外出している。なぜか。
――”鼠”に会うためだ。
そしておそらく、”鼠”もそれを予測している。敵の到来がわかっているのなら、すべき対策は一つだ。
「急いでください」
電話口へと叫ぶように訴える。
「太宰さんが危ない……!」