第3幕
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[Act 3, Scene 9]
その情報は衝撃と共に関係者へと伝わった。
「社長が襲われたなんて……」
早朝、探偵社に飛び込んできた敦はその報告に動揺を隠せなかった。福沢は探偵社の誰よりも戦闘に長けている。並大抵の人間では敵わないはずだ。その福沢が襲われ、意識不明に陥っているという。
「与謝野先生は……!」
「全力は尽くした。だが……」
神妙な顔つきで国木田は眼鏡を押し上げる。
「謎の症状らしい、外傷ではないのだろう」
「ただいま。聞き込みをしてきたよ」
外から戻ってきた太宰が、ひらりと片手を上げる。
「路地裏で異能者が夜襲を受ける――ここ最近、似たような暗殺事件が頻発している。おそらく社長を襲ったのもこの犯人だろう」
「太宰さん、その犯人についての情報って何かありましたか?」
「いや、あまり。何らかの異能を使うことと、仮面を被っていることだけだ」
仮面、と呟いたのは国木田だ。その声を太宰が聞き逃すはずもなく、「国木田君」と声をかける。
「何か知っているね?」
「……俺達も昨日の夜、仮面の異能者に襲われた」
「ええッ!」
まさかこんなに近くに被害者の一人がいるとは。驚く敦とは逆に、太宰は考え込むように目を細めた。
「俺達、ということは……」
「俺と、クリスだ」
敦は唾を呑む。クリスもまた、異能者だ。しかしその存在は限られた人にしか知られていない。敵はどこから異能者の存在を嗅ぎつけてくるのだろう。
「でも国木田君はピンピンしてるね」
「ああ。だが……」
何かを思い出すように、国木田は顎に手を当て黙り込む。その沈黙を許さなかったのは太宰だ。
「クリスちゃんに何かあったね?」
「け、怪我をしたんですか?」
「違う。彼女も無傷だ。しかし」
国木田は言いづらそうに太宰を見遣る。
「……相手を知っているようだった」
「クリスちゃんが、仮面の暗殺者のことを?」
「ああ。一人で追おうとしたのを引き止めたのだが……かなり動揺していた。しばらくその場から動けなかったほどだ」
「なるほどね」
「仮面の男もクリスを知っていたのかもしれん」
「……ど、どういうことですか」
「彼女に伝言を残していったのだ」
伝言、と反芻した敦に、国木田は頷く。
「”青き眼の同胞”へ、と。――『あなたには力がある』、そう言い残していた」
「力……」
どういう意味だろう、と敦は疑問に思う。確かにクリスは強い力を持っている。天候を操る異能は強力だし、彼女自身の諜報技術、戦闘能力も高い。けれどそれをわざわざ指摘してきた点が引っ掛かる。
何か、敦達の知らない”力”の話なのか、それとも。
「そこは考えても仕方がないね、直接聞くしかない」
言い、太宰は国木田を見た。
「国木田君はクリスちゃんと連絡を取って、昨日の夜の詳細を聞き出してくれるかい?」
「わかった。お前はどうする」
「社長が襲われたという場所に行ってみるよ」
「僕も行きましょうか?」
太宰一人で犯人のわかっていない事件現場に行かせるのは危険な気がする。しかし太宰は敦の申し出に首を振った。
「いや。敦君にはここにいて欲しい。社長の周りには多くの社員がいた方が良いからね」
それは、まるで。
――この事件には続きがあるとでも言うような。
福沢の身に今以上の危機が訪れると知っているかのような、言葉。
「それに、心配には及ばないと思うよ。私達が駆け回る前に、犯人は殺されるかもしれないわけだから」
にこりと太宰が笑む。戸惑う敦と国木田に、彼は陽気さを表すように人差し指を立てた。
「街で異能者殺しが大活躍、死者も出ています。さてこの場合、一番困る組織はどこでしょう?」
「……特務課ですか?」
「ブブーッ。逆だよ、ポートマフィアさ」
「ポートマフィアが?」
「なるほどな」
国木田が感心するように呟く。
「異能者を多く抱える夜の管理者の鼻先で、見知らぬ異能暗殺者が闊歩している……確かに困るだろうな」
「もはや屈辱行為だよ。これでもしあちら側に被害者が出たなら、ポートマフィアの威光は地の底に落ちる」
敦は太宰と国木田のやり取りをぽかんと見守るだけで精一杯だった。言われてみれば確かに、ポートマフィアにとって異能暗殺者は目の上のたんこぶというやつだろう。
「世の中は案外正反対なのだよ、敦君」
太宰はそう言って笑う。けれどその笑みは楽しげなものではなかった。
頭の奥で精密に情報を組み立て先を読もうとしている、太宰独特の隠された緊張感。
「加えて森さんは必ず先手を打ってくる。今頃は暗殺者の隠れ家でも特定しているんじゃないかな」
「なら安心ですね」
ほっと敦は息をつく。ポートマフィアの恐ろしさは身に染みてわかっているつもりだ、彼らに追われたのならきっとひとたまりもない。
安堵した敦とは反対に、太宰は厳しい顔つきで何かを思考する。
「……そうなると、良いのだけれどもね」
低い呟きは静かな探偵社によく響いた。