第3幕
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何も言えなくなった国木田を置いてクリスが向かった先は、薄暗い路地の奥、いわゆる人気のない場所だった。そこにいた人影に明るい声で呼びかける。
「君が来たんだね」
黒い服装は闇に溶け込んでいる。カツ、と靴をわざとらしく鳴らして、その人は不満げに腰へ手を当てた。帽子の下から氷に似た眼差しが睨み付けてくる。
「待たせるたぁ良い度胸じゃねえか、ネズミ野郎。後数分遅れたら殺しに行くところだったぜ」
「そうしたら梶井さんの爆弾の件が公表される手筈だよ」
「用心深い奴だ」
「取引は完了するまで気が抜けないからね」
言い、にこりと笑ってみせた。
「さて、中原さん。物は?」
相手は黙って足元に置いてあった銀色のアタッシュケースを蹴飛ばしてくる。地面を滑走したそれは、ちょうどクリスの足元で止まった。じっとそれを見つめた後、クリスは腰の後ろに回したウエストポーチから袋を取り出す。分厚い布地の、チャック付きのバッグだ。
「盗聴器に発信機、それに小型爆弾か。過剰だね、すぐにバレるよ」
ちらと相手を見るも、中也は黙ったままだ。どうやら当たりらしい。
「開けて」
「俺がかよ」
「爆弾で死ぬなら一人より二人だ」
「どこかの自殺野郎と似たようなこと言いやがって」
「ま、君もわたしも爆弾程度で死なないんだろうけど」
渋々といった様子でこちらに来、中也は足元に転がるアタッシュケースに指をかける。それを見下ろしながら、クリスは防御壁の異能を静かに発動した。仮に爆弾が爆発したとしても、この距離で攻撃されたとしても、防げる。
カチ、と留め具が外れる音が路地に響く。ゆっくりとケースが開けられる。
「ほらよ」
ケースの中に入っていたのはいくつもの札束だった。梶井の手榴弾を他組織に売った場合の利益を大きく上回る金額だ。一つ頷き、クリスは手にした袋をアタッシュケースへと投げる。
「それに詰め替えて」
中也は黙って指示に従う。今のクリスには梶井の手榴弾という手札がある。あれが外部に漏れた場合、ポートマフィアは圧倒的不利に陥る。彼らはクリスに従うしかない。そして今後も、それを盾にポートマフィアとやり取りができる。これは何より望んだ関係性だった。
「ほらよ」
ドサ、とクリスに金の入った袋を投げ捨て、中也はアタッシュケースを持って立ち上がった。袋を持ち、それを肩にかけながらクリスは笑みを向ける。
「ありがとう、これで取引は終了かな」
「ボスは手前の首を所望だ」
低くギラついた声で、中也は言う。暗闇の中、眼光が一筋。
「そこんとこ、手前もわかってんだろ」
「勿論。だからこそ、この取引を持ちかけたんだ」
「じゃあ」
ニイ、とその口端が釣り上がる。獲物を目の前にした、獣の笑み。
「――この状況もわかってんだろうなあ?」
ザ、と闇が蠢いた。中也の背後に、そしてクリスの背後に、闇色をまとった男達が群れを成す。手には銃器。その中から歩み寄ってくる一つの黒へ、クリスは半身振り返る。
「わたしに金を渡した時点で取引は完了、その直後からわたしの優位性は消える。その隙を逃さないのは、さすがポートマフィアといったところかな」
「然り」
コツ、と靴音が闇に響く。黒外套が歪に宙をそよぐ。こほ、と咳をした後、彼は闇に溶ける黒い目をクリスへと向けてきた。
「これはボス直々の指令。故に我々は貴様を決して逃さぬ」
「幹部の中原さん一人が取引現場に来た時点で察しはついていたよ。一人で来いとも伝えてなかったしね。――久しぶりだね、怪我は治った? 芥川さん」
からかいの混じった声に芥川は反応しない。す、とクリスは周囲を見回した。前方に中也、後方に芥川、それを取り囲むように黒服達が控えている。中々に厄介な状況。
「……なるほど、そちらも本気か」
「手前の実力は把握済みだ。今度は無事じゃ済まねえぞ」
「奇遇だね、わたしもそう言おうと思っていたんだ」
「あァ?」
中也が眉をひそめる。その素直な反応に、煽るように笑みを向ける。
「”手前の実力は把握済みだ。今度は無事じゃ済まねえぞ”」
風が吹き始める。足元の塵が砂漠の砂のように渦を巻く。
瞬間。
大きく地面が揺れた。