第3幕
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[Act 3, Scene 6]
爆破からしばらくが経った後も、大通りは騒めいていた。路地から元いた場所に戻ろうと歩き始める。爆破のあったビルの向かいは野次馬であふれていた。そろそろ国木田が戻って来る頃だ、急いで戻らねば。
仮にも街の夜を支配する者、爆破跡から大した痕跡は見つからないはず。逆にそれが、乱歩の「ポートマフィアが犯人」という推理を後押しすることになる。順調だ、全てが予定通り。
「すいません」
急ぐクリスの背にふと声をかけられる。若い男性のそれに、クリスは何ともなしにそちらを振り返った。そして一瞬、瞠目。しかしその一瞬が、彼に初対面ではないことを伝えることとなった。
「こんちは」
人の良い笑顔を浮かべた男がいた。ラフな私服のその人を、何度も、劇場付近で見かけている。
週刊誌の人間だ。リアとクリスの勤務時間を調べ、ひっそりと後を追ってきていた、あの。
彼の存在を上手く利用して、国木田をこの爆破現場に連れて来た。がしかしまさかここで出くわすとは思いもしなかった。
「覚えてくれてますよね」
笑みの含まれた、探り。それは問いの形をした確認だった。近くの路地へ逃げ込むも、彼は慣れた様子で行く手を塞ぐように距離を詰めてくる。やはり週刊誌の記者ともなると、並大抵の手では追い返せないか。
「逃げないでくださいよ」
週刊誌の男は明るい声で笑う。表面だけの笑みが、クリスを建物の外壁へと追い詰める。
顔を隠すように帽子のつばを押し下げる。帽子もサングラスも、普段は視界を遮るので好まない。けれど今回ばかりは重宝していた。彼らに、彼らの手にする映像記録媒体に、素顔を見せるわけにはいかないからだ。
帽子のつばで顔を隠すクリスに対し、記者の男は腰をかがめて顔を覗き込んでくる。
「お姉さん、劇団の関係者でしょ? リアさんにお話を伺いたくてさ」
「そんなことをわたしに言われても」
「やだなあ、ちゃんとこっちだって話しかける相手考えてるんすよ。お姉さん、リアさんと同じ勤務日程っすよね? ほぼ一致してる。リアさんと面識がないわけがないっすよね」
「……彼女のことは何一つ言えないんです、そう本人から言われているので」
あらかじめ決めていた言葉を言う。わかっているとばかりに記者は白い歯を見せて笑った。
「知ってますよ。他の団員の方々からもそう言われましたから。まあ確かにあんだけの実力の方です、謎が多い方が売れるんでしょうけど、だからこそっすよ。この状態なら少し露出するだけで、もっと関心が集まる。悪い話じゃないでしょう」
「そんなことをわたしに言われても困ります。決めるのはリア本人です」
「だからこうしてお話してるんじゃないすか」
ぐ、と両肩を掴まれる。急いで振り切ろうとするも、男性の瞬発的な腕力に引き寄せられた。正面から向かい合う形になる。身を捩る。けれど、相手もその腕力でクリスを圧してくる。
知らない人の手が、体を捕らえている。
逃げられない。
――ぞ、と恐怖が押し寄せてきた。体が硬直し、震える。目の前に幻影が浮かび上がる。赤色の、複数の手。それが次々と体を戒めてくる錯覚。
まずい。この感覚は、まずい。
「離して、離して下さい」
「リアについてはその風貌から何から全て謎に包まれてる。けど、一部では話題になってるんすよ、突然現れて突然有名になったのは彼女が外国から来たからなんじゃないかってね」
「離して」
悲鳴じみた声が喉から出る。ざわ、と冷えた風が吹いてくる。強く唇を引き結んだ。これ以上の叫びは風の刃を呼んでしまう。堪えなければ、耐えなければ、でなければ、あの赤が、また。
記者はクリスの顔を覗き込んでくる。サングラスの奥の目を、その特異な色を、確かめようとしてくる。帽子のつばに隠れるよう、俯いて顔を逸らす。閉じた喉から助けを求める声が出そうになる。
駄目だ、この状況で叫べば、あの力が応えてしまう。万物を裂き尽くす、あの異常な力が。
「教えてください」
熱意が耳朶に迫ってくる。逃げようと体を捩った。けれど、男の手は更に強く肩を、腕を、掴んでくる。
「リアに会いたいんです。知りたいんです。――あなたが、リアなんじゃないですか。あなたがあの稀代の女優なんじゃないんですか」
奥歯を噛みしめる。強く目を瞑る。震えを隠すように手のひらを強く握り締める。駄目だ、と何度も心の中で唱える。
駄目だ、駄目だ。
切り刻んではいけない。
恐怖してはいけない。
「い……や」
風の音が聞こえてくる。全てを巻き、吹き飛ばし、鋭く裂く、目に見えない暴力。囁きに似たそれを無視する。答えてはいけない。
「お願いします、あなたのことを知りたいんです」
「……やだ」
嫌だ。
嫌だ、もう。
「離して、お願い」
もう、あの光景を見たくない。