第3幕
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***
国木田の連絡で駆けつけた鑑識に詳細を話した後、国木田は彼らと共にビルの中へと入っていった。残りの警官はビルの周囲に警備体制を敷き始めている。タイミングを考えれば、あの爆発は例の盗難された爆弾によるものだ、近くに犯人がいる可能性が高い。近くの防犯カメラのデータも参照して、犯人探しが行われることだろう。
それを人混みの中から見送り、クリスはサングラスをかけて帽子を深く被る。
――ここにいろ。
そう言って、国木田は仕事を目の前にした探偵社員の顔でクリスを見据えてきた。
――勝手にどこかに行くな。犯人が近くにいるかもしれん、人の多いところで待っていろ。すぐに戻ってくる。
「……お人好しだなあ」
帽子のつばの下でそっと笑う。
「わたしは、守られるような身ではないのに」
――ブーッ、ブーッ。
手の中で通信端末のバイブ音が鳴った。準備していた指で受話器マークを押下し、耳に当てる。
「こんにちは、乱歩さん」
『僕が言いたいことはわかるはずだ』
前置きもなしに、緊張と呆れの混じった声が聞こえてくる。
「ええ」
笑みを込めた声で返し、クリスは爆破現場から背を向けて人混みの中を抜けた。人の少ない路地へと入り、壁へ背を預ける。
「そろそろ連絡が来る頃だと思っていました」
『軍警から爆弾を盗み出したのは君だ、クリス』
「推理をお聞きしましょう」
『正確には、盗み出す手伝いをしたんだろう』
乱歩の声は流暢に耳元から聞こえてくる。
『君は常に軍警のセキュリティを掻い潜って情報を仕入れていた。君には必要なことだってことは僕も理解している、君を捕らえる証拠もないし』
「”証拠がない”という証拠がある、ということですか」
『軍警が君の侵入に未だ気付いていない、という事実が証拠だ。――君は軍警にある爆弾が押収されたことを知った。ある著名な犯罪者が所持していた物だ。その情報を知り、君は真っ先にその犯罪者が所属している組織へ連絡を取った』
乱歩の明瞭な声を聞きながら、クリスは静かに微笑む。乱歩はクリスの目の前にいるかのように話し、クリスは彼が目の前にいるかのように聞き入る。ここは乱歩の舞台なのだ。探偵役の乱歩が、照明を一身に浴びている。天から歓迎されているかのようなその一筋の光の下で、乱歩は佇んでいる。
『その爆弾が何か、という情報すら手に入れていたんだろう。僕もそれを特務課から入手した』
「隠蔽されていた情報のはずですが?」
『そんなの看破したに決まってるじゃないか。――その爆弾は高性能であるが故に裏社会では高値で取引されている。材料の痕跡を残さない、分解もできない高性能手榴弾。唯一わかっていることは、檸檬の中をくり抜いて作られていることだけだ』
「ええ。特務課とポートマフィアは以前、坂口さんを通して、押収した爆弾とその爆弾に関する一部の情報を交換する取引をしています。ポートマフィアにとって檸檬爆弾は機密性の高い情報というわけです」
『君はポートマフィアに借りを作りたかった。そこで、爆弾のことを彼らに教え、それを軍警から盗み出す手伝いをした。今日の爆破は僕にこの推理をさせるための一芝居だ』
「特定の場所で特定の時間に爆破させる――快く受け入れてもらえましたよ。断れるはずもありませんが」
クリスの含みのある言葉に、乱歩は一瞬黙り込んだ。僅かな思考の後「なるほどね」とその声は言う。
『借りを作るだけではなく、あのポートマフィアを脅したか。従わなければ爆弾を他組織に売るとでも言ったね?』
「さすがです」
『ここで一つ疑問だ。なぜ僕に君が犯人であると推理させた?』
「簡単な話です」
穏やかな声で、クリスはそれを告げる。
「わたしはあなた方に恩があります、爆弾盗難事件の解決をあなた方の功績の一つにしたかったんです。それで少しは恩が返せるかな、と思いまして。――この回答でいかがですか?」
『確かに君のおかげで犯人が君だとわかった。けど僕達は君の存在を公にするわけにはいかない……君だけではなく、僕達も、この街も、国も危険に晒すからだ。だから僕は"犯人はポートマフィアだ"としか言えない』
完璧な推理だった。乱歩だからこそ、そこまで辿り着ける。人気のない路地で、クリスは目を閉じた。暗闇が視界を覆い尽くす。慣れ親しんだ闇が、すぐそばにある。身の中に巣食う闇だ。生き延びるための、有効な手札。
「卑怯だと思いますか?」
『思うね。君は僕達の好意すら利用し、ポートマフィアとの取引を有利なものにした』
「それでも、わたしを守りますか?」
『残念だけど』
ため息の後、乱歩はさらりと言った。
『それが僕達の選択だ』
「だからこそ、わたしもあなた方へ恩を返そうと思えるんです」
『光栄だね』
「感謝していますよ」
あっさりとしたやり取りをし、通話は切れる。音声の途絶えた機械から耳を離し、クリスは小さくため息をついた。
これが、自分だ。他者の心を利用する、卑劣な犯罪者。この生き方は変えられない。自分が自分であり続ける限り、あの優しい人達を駒として扱い続けてでも生きていかなければいけない。
今更、それに特別な感情を抱くことはない。この方法しかわからないからだ。こうしなければ生き延びられないからだ。
それでも、とクリスは胸元に手を当てる。
「……後で駄菓子買っておこう」
乱歩の分だけではなく、社員全員の分を。それで少しは、この心の痛みも和らぐだろうか。
端末をしまい、路地から大通りに戻ろうと歩き出す。勝手にどこかに行っていたと知られたら、国木田に怒られそうだ。国木田は相変わらず、無類の異能を持つクリスに対して過保護な扱いをしてくる。そこらの爆弾魔程度、【テンペスト】で対処ができるというのに。
まるで、戦闘の何をも知らない一般人を目の前にしているかのように、彼はその手を差し伸べてくることを止めない。
あの真っ直ぐな眼差しを思い出す。
彼は、その優しさが罪悪感となって身を裂くこともあると、知っているのだろうか。