第3幕
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***
パン、とクリスの幼い手の中から発砲音が鳴り響く。しかし、照準器から見た木製の的は微かに震えただけだった。どうやら弾は的の端を掠めたらしい。
「それじゃあ当たらないねえ」
楽しげな声に振り返り、クリスは防弾眼鏡越しに目を細めて不満を表した。
「……狙いはズレてなかった」
「まあ、そう思うよねえ」
へらりと笑い、後ろから様子を見ていたトウェインは頭の後ろで手を組む。
「残念ながら、そう見えるだけだよ。さっき言った基本を忘れないで欲しいね。的に集中しすぎて体勢崩れてるよ」
そう言い、クリスの頭に手を乗せてくるりと的の方を向かせる。腕を伸ばさせ、拳銃の持ち方やその角度、足幅の広さなどを細かにチェックし、マネキンを扱うようにポンポンと修正していく。
「ま、筋力の問題もあるだろうけど。トリガーを引いた時に狙いがずれてるだろうし。取り敢えず難しいことは後に回して、今は基本をきちんとすること」
「……でも」
「こらこら、動かないの」
トウェインを見上げようとしたクリスの頭を、トウェインはぐりんと元に戻す。む、と唇を尖らせつつ、クリスはその体勢のまま続けた。
「……異能なら、こんなに難しくないのに」
「君の異能はそうかもね。でも銃器は違う。少しのブレが的中を左右するシビアな世界なんだ。その”少し”が戦況を変えることもある。ま、僕の場合その"少し"すら極めちゃってるわけだけど」
「……トウェインの言ってることは理解できているはずなのに、うまくできてない。フィーとの訓練でも、フィーの言ってることはわかってるのに防御で精一杯になる。……難しい」
「一発でできるようなら訓練は要らないからねえ。地道に頑張るしかないよ」
「……いつか全身の骨が砕けそう」
「……フィッツジェラルドさんの訓練は過激だからなあ」
トウェインはその明るい笑顔をひくつかせる。
フィッツジェラルドとの訓練は日々行われていた。訓練とは言ってもほぼ実戦のようなもので、なすすべもなく叩きのめされることが大半だ。この前は床に叩きつけられて気を失ったし、その数日前には屋上から突き落とされて危うく粉々になるところだった。どれも【テンペスト】で風のクッションを作り出す事で事なきを得ている。フィッツジェラルドを相手にすると攻撃するどころか防御で精一杯になるので、どんどん防御が上手くなっている気がした。
「肉弾戦は専門外だから何とも言えないけど、まあ続けてみれば? 骨が折れても医療班がすぐに治してくれるし」
さらりと言いトウェインは笑う。彼もまたギルドの一員で、つまり任務には忠実だが人情は期待できない。それでもこうして丁寧にクリスへ射撃を教えてくれているのだから、根は良いのだろう。トウェインの助言と呼んで良いのかわからない後押しに頷き、クリスは的へ改めて目を向ける。トウェインが静かに後ろへ下がった。
グリップを握り、引き金に指をかける。フロントサイト――銃口上部の突起――の上に乗った的をリアサイトと呼ばれるグリップ上部の二つの突起の間に収め、見据える。息を沈め、瞬きを抑える。
引き金を引けば、銃弾が弾き出される。それだけなのに狙い通りの場所に的中させるのがとても難しい。言われたことはきちんとやっているつもりだ。つもり、なのが問題なのだろうか。
――力に抗うことを考えるな。
遠くから聞き慣れた上司の声が聞こえてくる。
――まずはその流れを読め。どこからどの程度の圧が近付いてくるかを肌で読み取れ。それがわかれば、自然と対応がわかってくる。トウェイン君との射撃訓練はその練習にもなるだろう。
圧。
それは一体、何だ。
ものを潰す力だ。ものを押し運ぶ力だ。殴りかかってくる拳にこもった勢い、それが纏う風。
風。
ああ、と呆然と目を見開く。
「……そっか」
ふわりと髪の下を空気が走り抜ける感覚。これを、わたしは知っている。
いつもそばにある、いつもわたしの願いを聞き入れてくれる、暴力。
照準器の向こうで的が何かを待っているかのようにじっとこちらを見つめてきている。瞬きのない眼差しを思わせるそれへ、視線を返す。
目を細め、唇を引き結ぶ。
――パン!
軽い発砲音と共に銃弾が真っ直ぐ飛び出していく。その遠のいていく影を見つめる。一瞬以下の短い滞空時間であるはずなのに、見える気がした。
宙を突き進むそれの引き起こす風が、渦を巻いている様が。
竜巻のように渦巻く風と共に銃弾が的を掠め、傷のない的が揺れる。また同じ動作を繰り返した。銃声と共に弾が風をまとい、的のそばへ消えていく。
――見える。
風が。
己と共に在るものが。
それは発砲時、毎度僅かに異なっている。ならば、的に近付く軌道を描く風を生み出す時の動作を真似て、繰り返していけば良い。足の踏ん張り方、腰の位置、腕の伸ばし方、頭の位置。呼吸の仕方から瞬きの一瞬まで、寸分違わない動きを真似て、繰り返す。
何発か繰り返し撃ち出す。渦巻く風が弾と共に的へ向かっていく。それは少しずつ、着実に、軌道を揃えていく。僅かなズレが少なくなり、同じ渦が繰り返し撃ち出されるようになっていく。
見える。
風が、圧が、それが流れ突き進む先が。
その形が。
匂いが。
全てが。
――カチッ。
銃声とは違う軽い音が手元から鳴る。弾切れの音だった。は、と息を吐き、腕の力を抜く。的はそこに悠然と佇み、変わらない丸い眼をクリスへと向けてきている。
「……こりゃ凄い」
後ろでトウェインが気抜けた声を上げる。何のことかと彼を振り返り、その驚きに見開かれた目が遠くを見ていることに気付き、その視線を辿った。
トウェインが見ていたのは的だった。何の変哲もない、大きさの違う円が重なって描かれた木製の的。
「……後半、全部的中だ」
的には穴がいくつも空いていた。その穴は、光に集う羽虫のように的の中心に密集していた。