第3幕
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銃声は鳴らなかった。
「降ろせ」
銃身を押さえ込むように手のひらを乗せた国木田が静かに言う。
「それとも花袋を撃ち抜くか?」
銃口の先には、花袋がいた。両手を広げて銀を庇っている。花袋の後ろで厳しい顔をする銀へ、クリスは銃口を向け続ける。
「……銀という人物は、ポートマフィアの暗殺者です。今のうちに消しておかなければ後々に響く」
「銃を降ろしなさい」
樋口がクリスへと銃を向けてくる。横目を向ければ、樋口は額に汗を浮かべながらも低い声で繰り返した。
「銃を降ろしなさい、クリス・マーロウ。さもなければ撃つ」
「君にわたしが撃てると」
「貴様には暗殺命令が出ている」
暗殺命令、と敦が声を上げた。国木田も息を呑んでいる。けれどクリスは薄く笑った。
「知ってる。だから、一番わたしに向けられるだろう暗殺者を今ここで排除しようとしている」
「降ろせ、クリス」
国木田が繰り返す。視線を動かしただけのクリスの鋭い目つきに、動じる事なく続ける。
「撃ったところで当たらん」
「……おそらくあなたに銃口を逸らされるでしょうね。彼女は無傷、怪我をするのは花袋さん。……もし花袋さんが今死んだら、フィーを利用した奴について調べられなくなる、か」
「わかったなら降ろせ」
しばし思考し、素直に銃口を降ろした。花袋に庇われながらもこちらを睨み付けてくる銀を見、目を細める。
「今回は見逃します。二度目はありません」
「……それはこちらの言葉です」
銀の可愛らしい声がひやりと冷え込む。それを睨んだ後、クリスは腰へ拳銃を戻した。後ろで敦が大きくため息をつく。樋口も拳銃を下ろすが、彼女がグリップから手を離すことはなかった。警戒心は行動を遅らせ判断を鈍らせる。十分な牽制になっただろう。銀の始末はできずとも、良い結果になったと言える。
銀とクリスの間で、花袋は両手を広げて仁王立ちしたまま立ち尽くしていた。厳しい顔をしたままの花袋へクリスは視線をゆるりと動かし、そしてにっこりと笑みを向ける。予想していなかったのだろう、花袋は大きく目を見開いて肩の力をドッと抜いた。同時に体の緊張が全て解けたのか、腰からドサリと地面に座り込んでしまう。
「か、花袋!」
国木田が慌てて駆け寄る。気抜けてしまった花袋は魂が抜け出たかのように呆然と目と口を開けていた。
「大丈夫か花袋!」
「こ、腰が、腰が抜けて……」
「素敵でしたよ花袋さん」
ふふ、とクリスは殺気のない穏やかさで笑う。
「探偵社の方々は総じて覚悟が素晴らしい」
「クリス」
咎めるような国木田の声に笑顔を返せば、彼は物言いたげにしながらも黙ってクリスを見つめてきた。こんな時でも、その真っ直ぐな両目には絶望も敵意も憎悪も映らない。その見慣れてしまった強い光に、薄く微笑む。
「弾は一発じゃない。異能で樋口さんを襲い、あなたと花袋さんを撃ち抜いてから銀さんを撃つことだってできた。それを考えたなら、説得するより力尽くでわたしを制圧した方が良かったのでは?」
「俺と花袋の動きがわかっているからこそ、あなたは撃たないと思った」
「わかっていて撃ち抜いていたら?」
「それはない」
「なぜ」
「わかるからだ」
国木田がクリスを見下ろす。視線が合う。真っ直ぐで飾りのない、翳りの一つもない眼差しがクリスを映す。
「――あなたは俺を撃たない」
「過信しすぎですよ」
笑う。その嘲りを込めた笑みを形の良いものに変えながら、クリスは花袋へと手を差し伸べた。国木田からの視線が痛いほど身に刺さるのを感じながら、花袋を助け起こす。
――あなたは俺を撃たない。
この人はどこまでわたしを信じているのだろう。
腰の後ろに隠した拳銃の重さを意識する。これを銀に向けた時、もしも迷いなく国木田も花袋も撃ち抜けていたのなら、もしも未だクリスへ恐怖も畏怖も向けてきたことのない国木田の青ざめた絶望の顔を見ることができたのなら。
この人のそばにいる心地よさも、向けられてくる信頼も、それに答えたいと願う心も、全て断ち切れただろうか。