第3幕
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「黒髪の撫子」探しは思いの外簡単に終わりを迎えた。
敦が視程の広いその虎眼でポートマフィア構成員の姿を目撃、連絡を受けた国木田がその場に駆けつけたところ、樋口というその女性もまた「黒髪の撫子」を探しているということだった。そしてなぜか共同で街を捜索中、花袋も登場、わちゃわちゃし始めた矢先に敦が「黒髪の撫子」を発見、短い追いかけっこの末現在に至る。
「まとめると、近辺に住む『黒髪の撫子』さんのことを花袋さんが目撃して一目惚れ、彼女が昨日芥川さんと連れ立っているのを樋口さんが目撃してスパイと勘違い。実際のところは彼女は芥川さんの妹で、間諜でも恋人でもなくただのポートマフィア構成員だったと?」
「ポートマフィア構成員という言葉に”ただの”を冠して良いかを置いておけば、大体そうだな」
国木田の相槌に頷きつつ、クリスは「黒髪の撫子」の方を見遣る。ちょこんと椅子に座った彼女は、写真で見た通りに艶やかな美人だった。撫子というのは花の名前らしく、よく女性に対して使われる言葉らしい。そんな美人がポートマフィア構成員、しかもあの芥川の妹だというのだから、この世界は飽きがない。
「……花袋さんは玉砕ですか」
花袋は彼女の横でフェンスに頭をこすりつけるようにうずくまっていた。準備してきた恋文を差し出し、そして断られたわけである。
クリス達は近くの喫茶のテラスに集まっていた。時間帯のためか、他に人はいない。堂々と「ポートマフィア」などという単語を口に出せる上、恋心破れても他者に迷惑がかからない。非常に良い場所だ。
「あまり言ってやるな」
「わかりました。……あ、そうだ」
ふと、クリスは視線を動かす。別の席に座っていた樋口が、その視線に気付いて顔を固くした。すぐさまその手が腰の銃へと伸びる様をじっと見遣る。
「思い出した。樋口さんって前、会ったことあるね。確かあれは、敦さんがポートマフィアにさらわれてギルドに受け渡されかけた時だ。芥川さんと一緒にいたね」
「……それが何だ」
樋口は先程から変わりなくクリスを睨み付けてくる。別に、とクリスは頭の後ろで両手を組んで椅子の背もたれに寄りかかった。
「思い出したって話だよ。深い意味はない。ずっと睨み付けてくるから、何でかなあってずっと考えていたんだ」
「おい、クリス」
国木田が口を挟んでくる。
「聞いていないぞ。芥川と会っただと? 敦がさらわれた時といえば、ギルドが来る前ではないか」
「そうですよ。探偵社のこともポートマフィアのことも、この国に来てからずっと探ってましたもん」
「もん、って……」
突然の告白に国木田は絶句する。そういえば、クリスが探偵社と親しくなってからギルドが来航するまでの間については、国木田に話したことはない。驚くのも無理はないだろう。おそらく今後矢継ぎ早に来るであろう質問を回避するために、クリスは両手を下ろして椅子から立ち上がり、樋口の方を向いた。
「あの時は驚かせてすまなかったね。今でも脅しは利いているみたいで良かった。今後も一切、わたしに手を出さないよう気を付けることだね」
「お前ごときに芥川先輩が引くとでも?」
クリスの煽りに樋口もまた笑みを浮かべる。悪寒、怯え、そういったものがあるだろうに正面からクリスの視線を受けるのだから、彼女は肝が据わっている。芥川は良い後輩に恵まれているようだ。
「思わないね。また会うことになりそうだ。――さて、と。そちらとは初めましてだよね、『黒髪の撫子』さん」
花袋がつけた名で呼ばれるたびに恥ずかしそうにする彼女は、クリスの視線を受けて軽く息を呑んだ。その緊張感を解かせるため、クリスは人の良い笑みを浮かべる。
「銀さん、だったね」
「……はい」
「そうか」
銀は戸惑いの表情を浮かべている。樋口も同様だ。花袋もまた、涙に歪んだ顔のままこちらを凝視している。背後の国木田と敦はそろそろ気付き始めるだろうか。
緊張が弛緩し、安穏が緊迫に変じる、瞬間。
銀が呆然と瞬きをしたその一瞬の間に、クリスは動いた。
腰の後ろに回していたウエストポーチに手を伸ばし、その裏に隠していた拳銃を引き出す。指で弾くように素早く安全装置を解除、グリップを握り真っ直ぐ前へとそれを構える。
「――ッ!」
銃口の先で銀が目を見開く。
花袋が飛び出してくる。国木田が駆け寄ってくる。敦が名前を呼んでくる。それらを全て無視して、引き金に指をかけた。