幕間 -DEAD APPLE-
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[Act 2.5, Scene 5]
国木田は屋上に突如現れた子供の姿を見つめた。腰ほどまでに伸びた亜麻色の髪。それは見慣れてきたものと同じ色味だった。しかし、と眉を潜める。焦点の合わない両目、手持ち無沙汰に服を掴む両手、薄い一枚の布で作られた簡素な服。
貧民街の親亡き子を思わせる寂しさが、その子供にはあった。
これがかつての彼女。
「申し訳ないですが、皆さんにお手伝いをお願いしたいんです」
「何をすれば良いんです?」
賢治が明るく問う。
「監視を」
答え、その手にナイフを煌めかせながら、クリスは幼子へと一歩進み出た。その背中からは彼女の表情は窺い知れない。
けれど、何となく、彼女が言おうとしていることはわかった。それは作戦だ。そして彼女の優しさであり、無謀さだった。
「【マクベス】がある今なら霧のただ中でも仕留められる。けど、あまり自由に動ける体ではないので……あれが逃げようとしたりわたしから距離を置こうとしたりしたら、邪魔をしてあげて欲しいんです。その場から動けなくするでも良い。とにかくわたしの目の前に止め置いて欲しい。けど決して一対一にならないようにしてください」
「それは非合理的だ」
すかさず言い、国木田はその背中へと短く宣言する。
「俺達が囮になる。その隙に奴に近付け」
「無理です。あれは人間相手には強すぎる、異能が戻ったとはいえあなた方が敵う相手じゃない。あなた方では無駄死にします。それに……あれは、わたしだけで始末したいんです」
一向に振り返らない彼女の声は、硬い。
「まるで奇跡です。本来触れられもしない相手と対面できている、ウィリアムが隣にいる、そして」
その静かな口調に滲み出る、憎悪。
「……当時のわたしの姿をしたあれを、倒さなくてはいけない」
ぞわりと身震いするほどの負の感情がクリスから湧き上がっている。憎しみ、悲しみ、怒り――殺意。
憎き己と同じ姿をした憎き異能を殺せるという事実に、今のクリスは突き動かされている。
「仕方がなかった、だなんて思いたくない。許したくないんです、例えそれがただ一つの解決策だったとしても。だからわたしは、あれを」
「駄目だ」
駄目だ、その感情のままに相手に立ち向かってはいけない。
それが己であるならば、尚更。
「落ち着いて考えろ。どんな方法が最も適しているか、いつものあなたならわかるはずだ」
「……これはわたしの問題です。あなた方が犠牲になる必要はない」
「誰が犠牲になると言った」
「……え?」
ようやく、彼女は振り返った。その目に浮かんだ驚愕の表情に、国木田は大きくため息をついてみせる。
「俺達がまとめてかかったところで、あの異能に勝てるとは思っていない。現に以前は手も足も出なかった」
以前、というのはギルドとの戦いの中で詛いの異能が街を覆った時のことだ。
「……あの時はすみませんでした」
「その話は後で聞いてやる。とにかく、何度も言っているが一人で突っ走るな、援護ができんだろうが。大体戦闘というものは一人で行うものではない。武装探偵社において単独行動はしないのが原則だ、事前報告もなしに敵地へ潜入したり事件現場に首を突っ込んだりしてみろ、問題が膨れあがって始末が大変になるだろうが」
「……えっと、すみません……?」
「何説教してるんだい、国木田」
与謝野の呆れた声にハッと我に返る。しまった、つい溜まっていたものをぶちまけてしまった。クリスはというと困ったように幼子の方を気にしている。そうだ、今は説教の時間ではない。咳払いを一つし、国木田はクリスの横へと歩み寄り、その肩に並んだ。
「……続きは後だ」
「え、続くんですか」
「当然だ。こってり言い聞かせねば、また何をするかわからん」
「し、信用されてない……」
「まあしょうがないねえ」
与謝野がクリスを挟むように横に並ぶ。
「前科があるわけだから」
「前科って……」
「連続猟奇殺人事件の時の国木田さん、資料の作成で相当疲れてましたもんね」
賢治が国木田の顔を覗き込むように横に来た。ふん、と眼鏡を押し上げ、隣の少女に聞こえるよう声を張り上げた。
「予定を合わせるために徹夜だ、それも二日! 俺の完璧な予定を狂わせおって!」
「す、すみませんでしたごめんなさい」
「まあ良いじゃないですか」
谷崎が与謝野の隣からひょっこりと顔を覗かせる。
「今回は、単独行動じゃないんですから」
そこでようやく気付いたように、クリスは「え」と声を漏らした。当然のように自身の横に並んだ社員を見回し、戸惑いを露わにする。確認するように目を合わせてきた青に、頷いた。
「共に戦うことはできると言っただろう」
「……そう、でしたね」
青が戸惑いに揺れた後、諦めに似た笑みを宿す。
そして、改めて目の前の敵へと彼女は向き直った。
「……無理はしないで」
「無理しても妾が治してやるよ」
「それは頼もしい」
クリスが笑う。その声を聞きながら、国木田は懐から手帳を取り出した。
「【独歩吟客】――自動拳銃!」
慣れた感覚が紙片を銃に変える。それを真っ直ぐに亜麻色の髪の子供へと向け、引き金を引いた。