幕間 -DEAD APPLE-
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ふ、と意識が浮上した。
それは眠りから目を覚ました時と同じ感覚。国木田はぼんやりと目を開いていた。その視界に映り込む、少女。
亜麻色の髪が揺れる。こちらを見下ろす青は優しい光を有していた。
「おはようございます、国木田さん」
聞き慣れた声ははっきりと鼓膜を震わせる。ぼんやりとした思考で、国木田は瞬きをした。
「……クリス」
「間に合っていれば、良かったんですが」
す、と視線をずらした国木田の目は、与謝野の顔を認識した。その隣で賢治と谷崎が安心したかのような表情で微笑んでいる。そうか、と知った。
助かったのだ。仲間達が、助けてくれた。
腹筋に力を入れて、上体を起こす。左脇腹と心臓へ手を触れる。傷は全く残っていなかった。息をつきながら、皆を見回す。
「……無事だったか」
「妾らはね」
「社長は」
「まだわからない。でも、心配はいらないだろうさ」
与謝野の言葉に、国木田は頷く。自分達が無事だったのだ、福沢が無事でないわけがない。
「敦と、鏡花は」
「二人なら澁澤さんの元へ向かっています」
答えたのはクリスだ。
「状況はわかりませんが……無事を祈るしかありませんね」
「……そうか」
「太宰さんはどこにいるんです?」
無邪気な賢治の問いに、国木田は一瞬目を彷徨わせた。
「……太宰は」
――瞬間。
ぞ、と背筋に悪寒が走る。それは他の社員も同様だった。皆が一斉に一箇所へ目を向ける。立ち上がり、そちらへと目を向けた。見慣れた街があるはずだったそこには。
巨大な何かが、いた。
長い胴、生えるトカゲめいた手足、ぐわりと開くワニめいた口。その全身が禍々しいほどに赤い。
「……何だ、あれは」
巨躯を霧の中に埋め、それは自らを誇示するように口を大きく広げて咆哮した。
知っている、その生き物に相応しい呼び名を。
この世界に存在し得ない伝説の生き物。
「龍……」
谷崎が呆然と呟いた。その単語を聞き、クリスが呻くように呟く。
「――赤き獣、か」
方向からして租界、骸砦の方だ。敦と鏡花が向かっているという、そして太宰がいるという、敵の拠点。
たまたま発生地点が似通っている、とは思えない。
「これも澁澤の異能なのか……?」
カチャ、と伸縮性の望遠鏡を伸ばし、クリスはそれを目に当てた。彼女のウエストポーチにはあらゆるものが入っている。
「違う……と思うんですが。異能収集能力と龍の具現化、性質が違いすぎる。ですがあちらは彼に任せるしかありませんね」
「彼?」
望遠鏡を手渡され、国木田もそれを覗き込んでみた。
龍がいる。赤く長い胴を霧の中にうねらせた、牙剥く生物。その上空に――航空機。
政府の輸送機だ。その直下を、何かが落ちていく。黒い粒、それは四肢を有していて。
「……人、か?」
望遠鏡を返しつつ問う。クリスはそれを短く縮めてポーチに戻しながら頷いた。
「ポートマフィアの中原さんですね」
「ポートマフィアだと……?」
「国なんて、使えるものは何でも利用しますよ」
さらりと告げ、クリスは龍へ背を向けた。
「……彼くらいじゃないとあの巨体を相手にはできないでしょう。それに」
クリスの視線を追い、国木田はそちらを見た。
「……あれは」
ビルの屋上、先程までの国木田の戦闘の痕跡が残されているそこに、佇んでいる小さな影がある。亜麻色の髪を腰まで伸ばした、幼子。両手は不安そうに服を掴んでいる。
その額に輝く、赤い宝石。
「待たせたね」
クリスが笑う。牙を剥くかのような笑みに、国木田はぞわりと身を凍らせた。
カツ、と一歩踏み出し、彼女は両手をゆるりと広げる。
「"To be, or not to be: that is the question:"」
高らかなその声は有名文句を唱える舞台役者のそれだ。
胸に手を当て、彼女は軽く俯く。途端、その姿は運命に翻弄される悲劇の少女のそれになる。
「"Whether 'tis nobler in the mind to suffer(気高き姿とはいかなるものでしょうか。)
The slings and arrows of outrageous fortune,(運命が投じる痛みにひたすら耐え続ける強さ?)
Or to take arms against a sea of troubles,(それとも果てなき困難に抗い戦い続け、)
And by opposing end them."(自らの手で全てを終わらせる強さ?)」
泣き出しそうなほどにか弱く囁き、そして、彼女は顔を上げた。
その背に宿るは、決意。
「……耐えても抗っても、どちらも苦しくて辛かった。ならどちらを選んだって同じでしょう」
冷ややかな低音。袖からナイフを引き抜く。煌めく刃が闇に浮かぶ。
「今宵は好機、奇跡、幻惑の果ての現実。霧が生み出した絶好の機会。……この時を夢見ていた、それもまた事実。ならば今宵は、今宵ばかりは、耐え忍ぶ必要もなし」
少女がゆったりと、低く、唱える。腹の底の激情を内包した声音で、目の前の幼子を睨む。
「今度は君の番だ、【テンペスト】――わたしは、君を殺す」