幕間 -DEAD APPLE-
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国木田は探偵社のビルの屋上にいた。ショットガンを撃ち鳴らす。弾は屋上の出入り口に身を潜めた自分の分身へ撃ち込まれた。微かな反動に腹の傷が擦れる。痛みこそないが、腹に穴が空いている感覚は残っていた。
自分と同じ姿をした彼というと、やはり出入り口のドアの向こうへ身を隠した。想定通りだ、と国木田は隠れる場所のない中で相手の動きを見つめる。
さすがに自分の異能、自分の分身だ、考え方は似通っている。それは国木田が考えを先読みできる状況でもあり、逆に言えば彼に国木田の考えを先読みされる状況なのだった。腹の探り合いは不毛ということだ。どんなに探り合ったところで、実力はコンマ三桁に至るまで等しい。
残り一つになった手榴弾を手に、国木田は思考する。
先程からあらゆる銃火器を使用しているが、やはり手帳に書いたものを具現化できる異能力【独歩吟客】は強かった。具現化できるものこそ限られているが、弾がなくなればまた生成すれば良い。つまりは個数制限がない。
彼の武器に限りがないということはつまり、長期戦になればなるほど国木田が不利になる。
今や手元にある武器も少なくなっていた。今から社長室の隠し棚に戻ることはできない。手持ちの武器で凌ぐしかなかった。そろそろ決着を付けねばならない。こちらの武器が潰える前に終えられなければ、国木田は己の異能力に敗北する。
敗北した先にあるものは、死だ。
「……くそっ」
相手の手帳の表紙を思い出す。思い出しただけで腹立たしい。
妥協。
理想と対を為す言葉。
国木田が一番に唾棄する概念。
その二文字が手帳に記されているのを見た瞬間、国木田は戦うことを選んだ。負けることは許されなかった。意固地になっていると言われたら、そうなのかもしれない。しかし国木田は、その言葉を許すわけにはいかなかった。あれが己の分身、己の一部ならばなおのこと。
扉の向こうで光が生じると同時に発砲音が連続する。駆けつつそれを回避し、国木田もまたショットガンを打ち鳴らす。
カチャン!
ショットガンが弾切れを起こした音に舌打ちをした。弾を失った銃身を扉へと投げつける。軽快な破裂音がそれを撃ち抜いた。その隙に拳銃を腰から取り出し、弾を確認する。既に武器は使い慣れているこれだけになってしまった。弾数にも限りがある。先程までは射程距離で勝っていたが、今度からは同等だ。
彼との戦いは、戦場を屋上に移してからは撃ち合いとなっていた。戦況が膠着してからかなりの時間が経っている。次の手を打ちたいが策がない。再び「くそ」と呟き拳銃を強く握りしめる。ここで終わるのか。何もなし得ないまま。妥協に身を投じた己に負けるのか。それは屈辱だった。
――国木田様。
この身にこびりついて離れない声が、聞こえてくる。
振り切るように拳で床を叩く。
「…まだだ」
まだ、諦められない。それが国木田の理想だからだ。ここで死ぬのは国木田の理想とは著しく異なる。
再び銃声が鳴り始める。新たな拳銃を手帳から生成したか。
ここが決め時だ。
国木田は再び屋上を駆け始めた。狙いを絞らせないその動きの中で、銃声の数を数える。自分が使っている武器の弾数など十分に把握している、間違うわけもない。
あと三、二。
一。
最後の一発を聞き終える前に国木田は真っ直ぐに駆けだした。向かう先は屋上の出入り口、その影に潜む赤い宝石を額に抱いた己。口で安全ピンを外し、手榴弾を投げる。彼の元へそれが転がっていく。それが爆発した瞬間、煙と光の中で国木田は拳銃を構えて狙いを定め――驚愕した。
出入り口の扉を背に、己と同じ姿をした男がいた。この手には弾を失った拳銃。しかしその逆の手には。
同じく、国木田が使い込んでいる型の拳銃。
二挺目をすでに具体化していたのだ。
姿を晒した国木田という格好の的に、男は狙いを定める。その眼差しに国木田は我に返った。そして国木田もまた、拳銃を構える。
間に壁もない状態で、同じ姿の二人は得物を相手に向ける。
「これで――終わりだ!」
二人同時に引き金を引く。
銃声が響く。
――衝撃。
「が……」
声を漏らしたのは、国木田だった。
左胸を貫く銃弾、裂かれる肉、そして臓器。その衝撃は鼓動と重なり、そしてそれを搔き消す。
拳銃が手から滑り落ちる。そのまま、国木田の体は力を失った。重力のままにその体は糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。狭まる視界の向こうでも、人間の姿をした者が床に倒れ伏していく。その額にあった宝石が宙へ欠片を散らし、その体が溶けていった。倒せたのだ。
ふ、と国木田は遠ざかる意識の中で安堵した。
勝利した。自らに、妥協を是とする自らの似姿に、勝利した。
「お見事です、国木田さん」
声が聞こえてくる。床に倒れ込んだはずの背を誰かが受け止める。幻か、夢か。それに身を委ね、意識が引きずられるままに目を閉じた。