幕間 -DEAD APPLE-
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[Act 2.5, Scene 4]
あらゆる車両があらゆる方向に倒れ破損している、歩道橋直下の道路。
少年はその体格に似合わない身軽な素振りで、片手で車を持ち上げた。そしてそれを一方向へと投げつける。その先にいるのは黒い外套の少女。真っ直ぐに向かってくるそれを睨みつけ、微動だにしない。
動く必要がない。
宙を飛ぶ車は宙で瞬時に掻き消えた。二、三と次々に車が投げつけられる。その全てが瞬き一つの間に姿を消す。どれ一つとして、クリスの元に辿り着く物体はない。
「投擲攻撃は無意味だよ」
煽るように、クリスは笑う。
「本体がおいで。それともわたしが怖い?」
言い終わると同時に、その脚力で少年がクリスの目の前に来る。目にも留まらぬ速さで、それは拳を握り締め、叩き込んだ。フッとクリスは膝の力を抜く。僅かに身を沈めたクリスの耳の横を拳が通り過ぎた。その腕を左手で素早く掴み取る。右手で上腕を固定、真っ直ぐに伸ばさせた相手の腕の裏へ膝蹴りを食らわせる。
バキ、と骨が折れる音がした。関節を砕いたのだ。
距離を取ろうとする少年に抗うことなく、クリスは手を離す。少年は大きく跳びのき、車の上に降り立った。だらりと下がった片腕を不思議そうにブラブラと揺らす。しかし戸惑いはそれだけだった。少年はクリスに向き直り、再び跳躍、一瞬で間合いを詰めてくる。
左の拳が眼前に迫る。その暴力の塊へ、手を伸ばした。
「――【マクベス】」
手のひらで拳を受け止める。瞬間、衝突の余波が風となってブオッと吹き出した。賢治は腕で顔を庇う。衝撃波はすぐに止んだ。
ギギ、とクリスの手のひらに叩き付けられた拳が軋む。少年は明らかに動揺していた。拳を受け止められるとは思わなかったのだろう。クリスは笑う。
「衝撃の伝播方向を逸らした。どんなに頑張っても、わたしには君の腕力は伝わってこないよ。……ホーソーンとフィーから学んだ戦い方の知識がこうして生きてくるなんてね」
唐突に肘を曲げた。拳を押し込もうとしていた勢いのまま、少年が倒れ込んでくる。それを半身で避け、クリスは素早く相手の体勢を一瞥した。前方に重心が移動し、懐を大きく開けた状態。踏ん張ることも、急所を守ることもできない一瞬の隙。
宙に浮いた拳の根本を左手で掴み、右手で肘を支えると同時に脇の下へ肩を滑り込ませた。相手の重心移動を殺さぬよう、そしてその動きの方向を僅かに変えるよう、手首を掴んだ左手を自身の胸へ引き、肘を支えた右手を前方へ押す。くるり、とクリスの肩を中心に少年は宙を回転した。
寸前、握った手首を捻る。
ドォッ!
少年が背中から叩き付けられる。手の中で、少年の手首が折れた。投げられる直前に捻ったせいで、関節の可動域を外れた方向に曲げられたのだ。
地面に叩き付けられた少年はしかし、その頑丈さを誇示するように素早く立ち上がり、距離を取る。右手は肘から先が、左手は手首から先がだらりと下がっていた。それを見、クリスは満足げに頷く。
「福沢さんから教わった技法のアレンジ、思ったより上手くいくなあ。わたしでも【テンペスト】の補助なしに相手を投げ飛ばせるなんて」
「……凄い」
呆然と賢治が呟く。その声に答えるように、クリスが振り向いた。
「両手は封じました。すみませんが、あとはお任せしますね」
「え?」
「他の人のところにも行かないと」
クリスが賢治に手を差し伸べてくる。それを掴み、賢治は立ち上がる。不思議なほど体が軽かった。
「憶測ではあるんですが……所持者自らがあれを倒すことに意味があるんです。わたしはそれを手伝うだけ」
「……みんなを助けに行くんですか?」
「そんな良い話ではないですよ」
クリスは笑う。
「わたしの方を手伝っていただきたいんです。そのためにお手伝いしているだけです。先に恩を売って、後で自分の思い通りに協力してもらおうとしているんですよ」
「でも、クリスさんは僕を助けてくれました」
賢治は少年へと目を向けた。両手を封じられた怪力の異能は、今後の戦い方に困ったようにそこに佇んでいる。
「ありがとうございます。あれなら、僕一人でもどうにかできそうです」
「……別に、わたしはわたしのために行動しているだけで」
「でも感謝は伝えないと」
賢治はにっこりと笑った。
「ありがとうございます。他の方もお願いしますね。もちろんクリスさんのもお手伝いしますよ」
「……はい」
クリスがようやく柔らかに微笑む。
「こちらこそ、ありがとうございます」
「良いんですよ、仲間ですから」
目を見開いたクリスへにっこりと笑い、賢治は前へと歩み出した。こちらをじっと見つめてくる自分の似姿を見つめる。
先程までは絶望的だった。近付くことも、遠くから攻撃することもできないまま、一方的に攻撃されていた。けれど今は違う。今のあの少年は、物を掴むことができない。つまり投擲ができず、こちらを引っ掴んでくることもない。
ならば、牛や馬と何ら変わりない。
「……さて、言うことを聞かない子にはお仕置きをしないと」
タッと駆け出す。真正面から突っ込む、無謀な行動。少年は戸惑った後、それに答えるように真っ直ぐに駆けてくる。手首から先をぶら下げたまま、左腕を上から振り下ろしてきた。躱すのは簡単だ。無茶苦茶に突っ込んでくる家畜ほど扱いが簡単なものはない。
ハンマーのように振り下ろされる腕を躱す。と同時に懐へ入り込み、賢治は少年の首元を引っ掴んだ。
「捕まえた」
体を捻る。その勢いが腕に、手に、そこに掴んだ少年へと伝わっていく。
少年の体が賢治の背を超え宙へと浮く。
「――大人しく、寝ていなさい!」
回転の力を体重と共にかけ、相手の顔面を地面へ強く叩き付けた。
パリン、と何かが壊れた音が聞こえてくる。