幕間 -DEAD APPLE-
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太宰は一人、赤色の輝きを見つめていた。
太宰を覆うようなドーム状の建物、それはコレクションルーム。その壁には、澁澤達彦の異能【ドラコニアルーム】によって集められた異能の結晶体が所狭しと並んでいる。その数は計り知れない。宝石のような赤い輝きを放つそれを眺めながら、太宰は静かに考え込む。
その思考を止めたのは、部屋の扉が開閉した音だった。
「計画通りですね」
カチリ、と鍵のかかる音に振り向く。
「ああ、計画通りだ」
私の、という単語を言外に隠しつつ、太宰はその笑みの含まれたロシア人の声に応じる。
「全く苦労したよ。奴に疑われずに潜り込むのはね」
太宰の視界の中で、ドストエフスキーは壁に並べられた宝石を順に眺めていた。コツ、コツ、と静かに靴音が響く。二人の目的は、この部屋――異能の結晶体がひしめくコレクションルームへ立ち入ることだった。澁澤は二人のことを信用している。信用、というより、自らの完璧な駒だと思っている、と言った方が正しいか。その”信用”を勝ち取るために、太宰は、そしてドストエフスキーは彼に協力体制を見せていた。
しかしその腹底に隠した本心は澁澤が思っているものとは違う。おそらく、太宰のそれとドストエフスキーのそれも、異なっている。
三つの異なる思惑が、この骸砦なる尖塔にはひしめいている。
「ところで、そろそろ君の本当の目的を教えてもらっても?」
「世界のあるべき姿を求めただけのことですよ」
太宰の直接的な問いへと端的に返しつつ、ドストエフスキーは壁から二つの宝石を取り出す。赤い光が、その両手に広がった。それを両手で掲げつつ、彼は太宰へと向き直り、ゆっくりと歩み寄る。
「方法はいくつもあります。そのうちの一つが、これというだけのこと」
「……先日、街に殺人犯を連れてきたのは君だね、ドストエフスキー」
太宰もまた、ドストエフスキーへと歩み寄る。二人はコレクションルームの中心の台座の前で向き合った。
「クリスちゃんをこの街に留めたか」
「そこまで読まれていましたか」
言葉とは裏腹に、楽しげにドストエフスキーは笑う。
「彼女を仲間に引き入れられたのなら最も良かったのですが」
「それは阻止させてもらったよ」
「でしょうね」
その笑みを、太宰は睨み付ける。
「……彼女もまた、方法の一つだということかな」
「彼女の本質がそれですから。つまり、介入者というわけです」
「介入者……なるほど、そういうことか」
「この会話すら本来はあり得なかったということですよ。……まあ彼女をどうする前に、この状態を何とかせねばなりません。さあ、どうぞ」
ドストエフスキーの差し出す二つの結晶体へと、太宰は見入った。輝くそれは巨大な宝石のように見える。が、人の命を表すかのように血の色を宿していた。
異能の結晶、すなわち異能そのもの。澁澤によって所持者から分離され所持者を殺した異能、そのうちの二つ。
「この二つが、ここにある異能結晶体のなかでは最高の組み合わせです。一つは目に見える範囲の異能者を一ヶ所に集める結晶体、もう一つは異能同士を混合する融合の結晶体。この二つでコレクションを全て吸収すれば、エネルギー源は断たれ、霧を維持できなくなります」
ドストエフスキーと太宰は澁澤を騙している。けれど二人が打ち合わせたわけではない。それでも、互いが何を目論み何をしようとしているのか、そのためにどのような展開を望んでいるのか、語らずとも理解し合っている。
これは、太宰が望み、ドストエフスキーが望んだ展開だ。
今回の霧は以前まで観測されていたものよりも大規模なものとなった。それは、このコレクションルームに集まっている異能結晶体によるものだ。異能は一つ一つが強大な力を有している。それがこれほど多量に集まったことにより、通常よりも大きな異能現象を引き起こすこととなった。
つまり、これ全てを消し去れば、霧もまた消滅する。
「まさか君と手を組む日が来るとはね」
「ぼくはこういう日があると思っていましたよ。おかげでつまらないほどに上手く事が運びました。張り合う敵がいないというのも退屈ですね」
「ああそうかい、私は暇な方が好みだけれどもね。ついでに教えてあげようか、ドストエフスキー、この世界にはわかっていても拒みたくなるものがあるのだよ。具体的には中也、そして君だ」
「そうですか」
くすくすと笑うドストエフスキーの指示に従い、太宰はその二つの結晶に触れる。瞬間、澁澤の異能が無効化された。結晶の形を失ったそれは赤い色を保ったまま、球として宙に浮かぶ。
一定範囲の異能を一ヶ所に集める異能と、異能同士を融合する異能。二つの異能がその力を発揮する。隣接する二つの異なる異能が、周囲の数多の結晶体を吸収し、それらを一つの球へと集約していく。
やがて、太宰の前には大きな一つの赤い球体が現れた。これに触れ、全ての異能を無効化すれば、全てが終わる。
――それが上手くいったならば、だが。
太宰は球体へと手を伸ばし掛けた。その手が目的のものへ触れるより先に、衝撃が背後から太宰の体を押す。
それは、林檎にナイフを突き刺すように、太宰の背を貫いた。