幕間 -DEAD APPLE-

夢小説設定

この終焉(おわり)なき舞台に拍手を
本作品の夢主は英国出身北米育ちです。
カタカナでの名前を推奨しております。
名前(ファーストネーム)
名字(ファミリーネーム)
舞台女優名

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 複数車線の上を曲線めいた歩道橋が横断している、特徴的な道路。普段は人と車とが整然と行き交うそこには今、廃棄場よろしく車が散らばっていた。子供が散らかした玩具のように転がるそれらの中を、賢治は走る。しかしその頭上に影が生じた。気付き、近くの車の上に飛び乗って向こう側へと転がり落ちる。
 ドオォン!
 賢治がいた場所へと車が降ってくる。まるで癇癪を起こした子供が放り投げたかのような単調な暴力。あれの下敷きになれば、異能のなくなった身では助からない。

「困ったなあ」

 見上げた先は道路に架かる歩道橋。その上に立つ人影を睨む。子供めいたそれは、見慣れた輪郭を保っていた。鏡に映った自分とそっくりな姿形。ただ一つ違うとしたら、額に赤い宝石がはまっていること。
 周囲には立ち込める霧。この霧が現象の原因であることと、あの少年が自分の異能であることは既にわかっている。後は、この状況を打破する方法を探すだけ。額に輝く赤い結晶が何らかの意味を持っていることは明白だ。しかし近付けない。賢治の異能力【雨ニモマケズ】は物を振り回す中距離戦だけでなく、肉弾戦も得意とする。振り回される物を避けて懐に入り込めたとしても拳が襲いかかってくるのだ。
 生身の人間である賢治はそれを耐えきることができない。
 歩道橋の上から少年が降ってくる。ドォン、という衝撃音と衝撃波――通常なら足が折れているだろう勢いでアスファルトに降り立ち、少年は近くにあった標識をもぎ取った。手に馴染ませるように軽く回転させ、少年は駆け寄ってくる。まるで槍のようなその扱い方は賢治が得意とする戦い方だ。叩きつける、突く、ぶん回す、その他諸々の攻撃を見定めるために、賢治は瞬きをしないまま迫り来る少年を見つめていた。
 相手がそれを振り上げた瞬間に動き、攻撃を避けなければいけない。早すぎる回避は相手にこちらの退路を伝え、それを遮断する余裕を与えてしまう。
 薙ぎ払われるか、殴り込んでくるか、それとも足を掬いにくるか。どの攻撃も想定し、賢治は回避の構えを取る。
 しかし、少年は標識の根元の方を真っ直ぐに構えた。捻じ曲げられ強引に折られた先端が賢治を指す。
 これは――突き、だ。

「しまッ……!」

 横に飛びのこうとした賢治の腹部に、それはめり込んだ。腹の肉を破り、金属が内臓に触れる。柔らかなそれを難なく断ち、白く塗装された棒は深々と賢治に突き刺さった。

「かは……!」

 少年の勢いは止まらず、さらに標識を突き込んでくる。よろめいた足元が踏ん張りきれず、体が浮く。標識ごと、背後に直立していた車へと叩きつけられた。杭のように体に突き刺さった鉄の棒を伝って、血が落ちていく。
 標識を抜こうと棒を掴む。しかし血に濡れたそれはぬるぬると滑り、車に深く突き刺さったそれを抜くことはできなかった。血の臭いと鉄の臭いが重なり合う。その中に混じったガス臭さに、賢治は息を呑んだ。
 ガソリンだ。
 ハッと見上げたのは歩道橋。それについていた信号機をもぎ取り、少年が佇んでいる。賢治が見守る先で、少年はそれを投げた。電線と繋がったそれは、閃光を散らしながら賢治へと落ちてくる。光が網膜に焼きつく。その残像は確実に賢治へと近づいて来ていた。
 ガスの臭い、熱の光、焦げ付くような気配、爆風の予感。
 逃げられない。
 賢治は強く目を瞑る。
 その時だ。

「はーい、そこまで!」

 明るい声が賢治の前に立ち塞がった。顔を上げる。宙を飛んできていたはずの信号機の姿はどこにもなかった。代わりにそこにいたのは、黒い外套に覆われた背中。
 亜麻色の髪が白い霧の中でも優しい色を放っている。
 呆然とする賢治の視界が暗くなる。ゴウッ、と車が宙に現れた。横転しながら突っ込んでくるそれに、賢治は目を見開く。
 しかし、彼女は片手を差し伸べただけだった。
 ――瞬間。
 車が、小さな花びらに変じた。

「え……?」
「ああなるほど、こういう感じか」

 ゆっくりと舞い落ちたそれへ目を向けることなく、彼女は雫を払い落とすように手を数度振ってのんびりと呟く。

「これならあの時街一つを花畑に変えられたのも納得だ。手のひらに乗る程度の、っていう制限がないのはやっぱり強すぎるな」

 誰にともなく言い、そして彼女はくるりと振り返った。青の眼差しがにこやかに緑を孕んでいる。

「こんばんは、賢治さん。まだ死んでなくて良かったです」
クリスさん……?」
「時間をかけられないので手短に済ませますね」

 ぽん、とその手が賢治の腹に突き刺さった標識へと乗せられる。突然、賢治は支えを失ったようにズルリと座り込んだ。目を瞬かせる。体を縫い止めていた金属の棒は消えていた。代わりに地面に落ちたのは、何の変哲もない鳥の羽根だ。
 言葉を失う賢治のそばへ膝をつき、クリスはその腹部へ手を当ててくる。

「ちょっと痛覚を鈍らせておきましょう。完全に痛みを消すと以前のわたしのようになってしまうから」
「え、っと、クリスさん、ですよね?」

 そうたずねてしまったのは、彼女の異能と思われる力に見覚えがなかったからだ。
 消えた車、痛みを消すという言葉。彼女の異能は天候操作なはずだ。良く知る知人の姿を模した別の何かかもしれない。この過酷な現状を楽しんでいる風さえあるこの少女は誰だろうか。
 戸惑う賢治に微笑み、クリスは立ち上がる。

「ええ、わたしですよ。……今夜だけ、特別なんです」

 一生会えないはずの相手と再会したかのような、嬉しげであり泣き出しそうでもある表情だった。
 クリスだ、と賢治は確信する。
 この笑い方は、間違いなく彼女だ。
 くるりとクリスは賢治へ背を向け、歩道橋の上の少年を見上げる。広がる黒衣が夜の空と混ざり合う。

「さて、長いこと相手はできないんだけど」

 声音が、変わった。

「――少しお遊びしようか」
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