幕間 -DEAD APPLE-
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爆発音に国木田は眉をしかめた。
「……来たか」
予感はあった。
「い、一体何が!」
「【独歩吟客】だ」
焦る敦に答えつつ、国木田はビニル袋を開けて注射器を取り出した。その液体が何なのか、以前クリスから聞いたことがある。
――麻痺毒ですよ。とはいってもこの量では致死量には程遠い。局所的に感覚を麻痺させる程度です。多用は避けるべきですが、緊急時の戦闘には役立つんですよね。
注射器をセットし、針先を爪弾いて先端から液体を零す。服を巻き上げ、傷口の近くにそれを突き刺した。
「ッぐ……!」
針が肉を裂く痛みに呻く。しかしそれはじわりと消えていった。即効性が高すぎる。少しの恐怖を捨てるように、国木田は注射器を引き抜いて投げ捨てた。立ち上がり、脇腹に触れる。感覚はなかった。おかげで痛みもない。が、確かに多用はできなそうだ。
「く、国木田さん……?」
「お前達は先に行け。奴は俺が食い止める」
「奴、って……異能と戦うつもりですか……?」
「ああ」
「勝てるんですか」
「わからん」
答えつつ社長室の奥へと歩み寄る。掛け軸の横を殴るように叩けば、天井から隠し棚が下りてくる。小さな武器庫だ。様々な銃火器が並んでいる。
「こんなものが、うちにあったなんて……」
「ここは『武装』探偵社だぞ」
扱いの簡単な拳銃とその弾倉を手に取り、それを装填しながら国木田は読み上げるように言う。
「勝てるかどうかではない。戦おうとする意思があるかどうかだ」
そう、全ては意思の問題なのだ。するべきか、せざるべきか。戦わず霧が晴れるのを待つのも手だろう。しかし国木田は選ぶ。勝敗のわからぬ戦いに身を投じることを。その先にあるものが死だとしても、勇敢に己の分身と戦うことを選ぶ。
なぜなら。
「俺は己に勝つ。いつだってそうしてきた」
ならば、いつもと同じことをするだけだ。
拳銃を敦へと放る。扱い方は教えてあった。異能しか戦う術を持たなかった敦には、物理的にも精神的にも強い味方になるだろう。
「持っていけ。……鏡花はいるか」
「私は大丈夫」
小刀を取り出した鏡花に頷く。危機に瀕した自分を守るのは、経験だ。
国木田は隠し棚の中から腰の拳銃に合う弾倉を取り出し、懐に入れる。手帳の異能が使えない以上、持てるだけ持つしかない。そして、一丁のスライド式散弾銃を手にする。相手は手榴弾も使える。拳銃だけでは射程距離的に不利だった。
「奴の異能では、手帳の大きさを超えた武器は作り出せん。俺が引き付けている間に裏口から外に行け」
「そんな」
敦が何か言いたげにする。が、何も言えないまま俯いた。残念だが経験が浅く異能以外の戦闘能力がない敦にできることは少ない。まずは虎から逃げ切り、そしてできたなら澁澤龍彦と接触、排除してもらわなければならなかった。拳銃を渡したのは護身のためだけではないのだ。
「……できることをしろ、敦」
両手の上に乗せた拳銃を握り締め、敦が顔を上げる。
「……はい」
まだ迷いと戸惑いの残った顔だが、鏡花が共にいるなら大丈夫だろう。敦の成長は目覚ましい。それは、守るべき対象がそばにいる時に最も発揮される強さだ。
彼ならきっと、決断できる。
「急げ!」
怒鳴り、国木田は社長室を飛び出した。廊下に立ち塞がる国木田の背後で、敦と鏡花が裏口に向かって駆けていく。二人が探偵社を離れるまで、【独歩吟客】を引き付けておかなければいけない。
できるか、と問われたのなら、返答は一つだ。
「……やるしか、ない」
闇に沈む探偵社の中で、国木田は覚悟を決める。
「反撃の時間だ」