ひとしきり攻撃をし、爆撃機はその鼻先を上昇させた。大きく弧を描いて上空へと戻っていく。エンジン音が遠ざかり、その両翼が起こした風もまた、止んでいった。
爆音と破裂音が止んでいく、その静けさを表現するかのように砂埃が地面の上を漂っていた。その中で、黒布を纏った少女が佇んでいる。風が布をひらめかせ、亜麻色の髪をそよがせる。
その中に混じる、銀色に輝く風。
「……見つかるの早かったな」
少女が顔を上げた。青の目が煙幕の向こうへ遠のいていく機体を見つめる。その周囲へと破片が次々に落ちてきていた。バラバラと散るそれは、何かに切り刻まれたかのように元の形を失っている。
鉄の、欠片。
街に降り注いだはずのそれらは、一つも着弾することなく破片と化し空中分解していた。
少女の見つめる先で、戦闘機が弧を描き、再び降下を始める。機体の照準機と少女の眼差しが睨み合う。
一対の青が、輝いた。
――瞬間、機体が前後に二分された。輪切りにされた機体から人が落ちてくる。銀色の輝きがさらに機体に一線を走らせた。それに従って鉄の塊は縦に割れる。四つ切りになった機体はばらけながら地上へと落下し始め、しかし直ぐに、ドオォン、と爆発した。煙と共に機体の欠片が宙に吹き出される。
少女の髪が爆風に広がる。ゴッ、とその隣に歪められた鉄の板が落ちた。その奥へ、ベチャ、と誰かの下半身が落ちてくる。しかし少女は微動だにしない。
彼女は宙に膨らんだ煙が穴の空いた風船のように萎んで消えていく様を眺めていた。爆風はそよ風に代わり、やがて止む。その全てを全身に受け止めながら、少女は空を見上げていた。
「治安が悪すぎると入国が楽な分、相手も無茶な攻撃がしやすいってことか。貧しい場所ならフィーが来ないと思った点は正解だったけど」
「……アイリス?」
震えた声に、振り返る。爆撃を受けた街は人気を失っていた。皆、地下室へ逃げ込んだのだ。しかし二人だけ、地上に残っている人がいた。
二人とも目の前で起こった光景が信じられないとばかりに目を見張っている。
「……まさか、異能力者、なの……?」
亜麻色の髪の少女は答えない。それを是と受け取ってか、彼らは顔を輝かせた。
「街を守ってくれたよね、アイリス! ありがとう! これでこの街も平和だ!」
「凄い……凄いよ、アイリス! この街はもう爆撃に怯えなくて済むんだよね! あたし達、やっと平穏を手に」
言葉が途切れた。
突如転がり込んできた事実に歓喜していた二人の首元から血が噴き出す。その目が歓喜から驚愕に変わるのを、そして地面に崩れ落ちていくのを、青の目が見つめていた。
「……ごめんね」
乾いた謝罪の言葉が、二つの死体と共に砂立つ地面に転がる。
「これは、知られてはいけないものだから」
周囲の建物から人の声が聞こえ出す。爆撃が止んだことに気付いたのだろう。少女は黒い布を頭から被り直し、踵を返して街に背を向ける。
「……次の街に逃げなきゃ」
どこにしようかな、と彼女は呟く。
「あの国が気付かない上、気付いたとしてもすぐには手を出して来なくて、フィーが来たがらない場所……欧州から離れているところが良いな、それで外務省が仕事をしていて政府が安定している国、治安が良くて戦争をしていない国、そしてフィーが別荘を構えていなそうな田舎の街……」
うーん、と唸り、少女は顎に手を当てて考え込む。その仕草には朗らかさが垣間見えた。数分前まで笑い合っていた同僚を殺めたというのに、彼女にはそれを気負う気配が全くない。それは、彼女が戦い慣れているということ、そして殺し慣れているということを表していた。
その唇が、ふと一つの名を呟く。
「……ヨコハマ」
それは先程聞こえた名。どのようなところかは知らないが、日本という国が極東の島国であることは知っている。ふと、友を思い出す。貧しさを厭う、金と地位と権力をほしいままにする男。彼から逃げ、英国から逃げるための次の拠点が必要だった。
ヨコハマ。劇団を有する僻地の街。そこに行けば、まだ生き残れるかもしれない。
「どんな勢力があるか調べておこう、マフィアとか警察とかに目をつけられるのは嫌だし」
砂を踏みつけ、少女は歩いていく。風が吹き、彼女の黒い布を揺らした。振り返らない彼女を祝福するように、足跡がゆっくりと掻き消えていく。青い空に乗った一筋の白い雲が彼女の行く先へと伸びていた。
目指すは東の果ての島国、海に面した小さな街だ。
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第1幕 完
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幕間 -DEAD APPLE-]
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