第1幕
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***
騒動に気付いたフィッツジェラルドが街に下りた時、真っ先に見たものは広々と広がる緑だった。建物が並んでいたはずの街並はそこにはない。見慣れない光が舞っている。蛍の光に似た、優しくて小さな光。その下に野原が広がっていた。花が風にそよいでいる。とある少女を取り囲むように、野次馬のように、花が集まっている。
人々の代わりに咲き乱れる花の中心で、少女はうずくまっていた。
「……何だ、これは」
鳥が空から落ちてくる。五羽のそれは、飛び方がわからないかのように真っ直ぐに地面へと叩き付けられた。液体と固体の混じったものが潰れるような音と共に、それらは赤く霧散する。
――五羽の、鳥。
その死骸を踏み越え、歩み寄った先で、少女は微動だにせず震えていた。太陽がその亜麻色を照らし出す。金の光が少女を縁取る。
それは昼下がりの穏やかさを思わせた。鮮やかな緑の中で白い花が揺れ、それに囲まれた黄金の髪の少女が籠の中の小鳥のようにうずくまっている。風が少女の髪を撫でていく。静かに、撫でるように、慰めるように。
「クリス」
名を呼び、そばに佇む。それでも少女は動かなかった。フィッツジェラルドは草の上に膝をついて彼女の肩に手をつく。瞬間、勢いよく手を払われた。バッと顔を上げた彼女は、上体を逸らして後ずさろうとする。
その青に宿る色は、恐怖。
「……違う」
震える唇が掠れた声を出す。
「……違う、わたしは、こんなの、望んでない」
「【テンペスト】ではないな。これは……別の異能か」
「……わたしは、救いたくて、守りたくて、なのに、なんで、こんな」
錯乱したまま少女は何かを拒むように首を振る。じわりとその青が水を孕んで揺らぐ。
「嘘、嫌、嫌だよ、こんなの嫌だよ」
「落ち着け、クリス」
「もう嫌……わたしは」
少女は涙をこぼしながら俯く。
「わたしは、幸せになりたいだけなのに……!」
花畑の中に座り込んだ少女が、目の前で嗚咽を漏らしている。それを眺め、そしてフィッツジェラルドは立ち上がった。この状態では何があったかを聞き出すことはできないだろう。まずは一言、告げるべきだと判断した。
「任務完了だな、クリス」
放心状態の少女へと、淡々と告げる。
「英国の航空機を全て鳥に、人を花に、建築物を草木に変えたか。不可思議な異能だ、話に聞いた君の友の異能と似通っている。それに、この光景……君の故郷の風景そのままを再現したかのようだな」
「……わたし、は」
「強力な異能だ、面白い」
ピクリ、と少女は肩を揺らした。
「……や」
悲鳴に似た囁き声が聞こえてくる。
「こんなの、望んでない……!」
掠れた叫び。それの余韻が消える頃、少女の声を聞き届けたかのように光が少女を包み込む。その淡い光は少女を包み込み、すぐに霧散した。
瞬間、少女は大きく目を見開く。
「ぐッ……」
胸を押さえ、彼女はガクリと上体を伏せた。何かに耐えるように背を丸める。先程とは違う、まるで痛みに耐えているかのような。少女の様子に、フィッツジェラルドは目を細める。
「い、た……い、……い、が、はッ!」
吐き出すような咳が地面に血を叩き付ける。緑が赤い液体を被った。
英国の攻撃を受けたのかと思ったが、すぐに違うと眉を潜める。彼らは上陸していない、遠距離からの砲撃しかしていないはずだ。これは外傷によるものではない。もっと奥の、内臓の損壊だ。ふと思い出したのは彼女の体に刻まれた手術痕だった。しかしあれは吐血するようなものではない。
これは、何だ。何が彼女を苦しませている。
「い、あ、ああああああああッ!」
絶叫が小さな体からほとばしる。叫びに答えるように風が吹きすさぶ。少女を守るように渦巻いた風は、銀色を伴って鋭く草花を刈り取っていく。異能の暴走だ。瞬間的に身体強化を施し、鎌鼬の攻撃に耐え得る状態にした。彼女の異能は未だフィッツジェラルドの身体強化に敵わない、大した障害にはならないだろう。
そう、思っていた。
全身に銀色が食らいつく。それは難なく鮮血を宙に撒き散らかした。
「く……!」
風が肉を裂く痛みに顔を歪めた。飛び退き、次々に襲いかかってくる銀色の刃を紙一重で避ける。荒れ狂う野原の中で少女は体を抱きかかえて叫んでいた。爪が皮膚に食い込み、血をにじませる。
錯乱しているせいか、異能の威力が普段より増している。
近寄れない。
「フィッツジェラルド様」
ホーソーンが駆け寄ってくる。急ぎ防御壁を展開しようとした牧師を片手で制した。
「来るな」
「しかし」
「俺が片をつける」
言い、フィッツジェラルドは金額を呟いた。先程よりも温度を上げて、血液が全身を駆け巡る。熱が鼻から突き抜けていくような、独特の快感。それを全身に感じながら、暴風の中へと踏み出した。その腕で鎌鼬を殴り、消し飛ばす。
「クリスは俺の部下だ。故に、俺が始末をつける」
銀色が次々と襲いかかってくる。腕を振り、払い飛ばす。腕に痛みが走った。皮膚が切られている。高額な身体強化を施した身であるにも関わらず、無傷では済まないか。
「……仕方のない友だな」
暴風を突き進み、少女の前に立ち止まる。悠然と立つ上司に見向きもせず、少女は泣き叫んでいた。吐き出された血が彼女を汚している。赤が映える。
手を伸ばす。俯いた彼女の髪を無造作に掴み上げ、強引に顔を上げさせる。苦しみに歪む青がフィッツジェラルドを映し出す。
「俺を見ろ」
その青に言う。
「己を忘れるな。君は常に俺の部下であり友だ、それ以外のことは俺は知らん。だが、拒むな。拒絶は進むべき道を塞ぐ」
青が見開かれる。雫がこぼれ落ちる。唇がフィッツジェラルドを短く呼んでくる。声は聞こえなかった。しかし、フィッツジェラルドは確信する。
「暫く休め、クリス」
その言葉に応えるかのように、震える眼差しはとろりと瞼に覆われていく。体が傾いでいく。彼女を取り巻く風が暴力を失い、草木を揺らすそれに変じていく。風に身を委ねるように、少女は柔らかな緑の上に倒れ込んだ。
穏やかに日差しが差し込む中、とさ、と静かな音が聞こえてくる。