第1幕
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***
クリスが飛び出していった扉から目を戻し、ミッチェルは上司へとため息をついた。
「良かったんです? あの子一人で英国をだなんて」
「必要なことだ」
立ち上がり、窓の外へと向き直りながらフィッツジェラルドは言う。影を背負うその背中を、誰もがじっと見つめていた。ただ一人、ミッチェルだけはクリスが出て行った扉をもう一度見遣る。少女の背中と、ボスの背中。決して向かい合うことのない二つの意志、異なる光を目指している二つの思い。二人の足元から伸びる黒い影は、二人の間で交差している。
交わりながらも、同一の方向を向くことはもう叶わない二つの影。
「……難儀なことね」
「英国の狙いはクリスだ。今回の襲撃を防いだところで奴らが諦めるとも思えん。彼女には自分を守るということ、他者を守るということを教える必要がある。でなければ俺達全員がいずれ潰される」
「英国がクリスの居場所であるギルドを外交筋から排除しにきてもおかしくないってことか……」
スタインベックの呟きにフィッツジェラルドが「そうだ」と答える。
「本国中枢に構成員を潜り込ませているとはいえ、異能研究の進んでいる欧州を正面から相手にするほどの戦力は今の俺達にはない。欧州各国が結託してこちらに牙を向けてくるような事態は避けたいというわけだ」
「名目上英国の犯罪組織の排除に来ている英国は、目の前にクリスが来たとしてもうかつには手を出せない……クリスがギルドのものであり、簡単に捕縛できない強力な異能力者であることを誇示する絶好の機会ということですか」
ホーソーンが顎に手を当てて呟く。
「しかし、相手は欧州の一国です。クリスを奪取しに来ているのは明白、そこに彼女の姿を見せるのはやはり危険なのでは?」
「その心配はない」
予期していた問いだったのだろう、フィッツジェラルドは胸を反らして口の端をつり上げる。
「彼女自身が彼らに捕縛されることを拒む。クリスの恐怖心は異常だ、仮に捕まりそうになったところで、彼女は敵を殲滅してでも逃れようとするだろう。現に彼女にはそれを為す力がある」
「……彼女の恐怖心すらも計算の内というわけですか」
「悠長にしている時間がないという話だよ、牧師殿」
ゆったりとした口調とは反対に、フィッツジェラルドの目には険が宿っている。
「先日手に入れた異能チップ、あれを条件とした男から〈本〉に関する新情報を得た。じきに〈本〉についての詳細がわかる。――我々もクライマックスが近いということだ」