第1幕
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***
銃声を、聞いた気がする。
気がつけば見慣れた赤色が宙へ一直線を描いていた。
仰け反ったコーディリアが、ゆっくりと膝をつき、クリスにもたれかかり、そのまま崩れ落ちる。支えるようにそばに座り込み、そしてその体の重さのままに彼女を床に横たえる。その胸に広がっていく赤を、そしてカランと足元に落ちた銃弾を、見つめる。氷に包まれた銃弾は湯気を昇らせていた。
反射的に、防御壁を出していた。でなければ流れ弾が当たっていただろう。それしか、できなかった。気付けなかったのだ、その足音に、気配に、殺意に。動揺していたが故に、自分だけが無傷で済んだ。
自分だけが。
「……なんで」
「彼女は知りすぎていたからね」
コーディリアの背後から歩み寄ってきた支配人は、その手に持った銃を見せつけるように振りつつ答えた。
「どうやら君は異能力という不可思議な力を持っているというじゃないか。加えてあの演技力。知り合いに教育の上手い奴がいてね、君を彼に預けたいと思ったんだ。きっと素晴らしい戦力になるからね」
「……わたしを、利用するつもり?」
「利用ではない、適材適所というやつだ。報酬は十分に出る。演技をする場所が舞台じゃなくなるだけだ。悪くない話だと思うがね」
支配人が銃を手に笑っている。
――これが現実だ、クリス。
声が、記憶の中から聞こえてくる。その言葉に、心の中で頷く。
そうか。そうなんだ。
目を細め、低く呟いた。
「……本当にそうだと、今ならわかるよ」
「話が早くて助かる。では彼に君の話を伝えて」
支配人がそれ以上何かを言うことはなかった。銀色が一直線に走り、対象を二つに切り分ける。その一瞬だけで、廊下は誰もいないかのように静まり返った。
こうするしか、なかった。
こうするしか、ないのだ。
だって、わたしは。
――決めろ、クリス。君に必要なものは愛情でも金でもない、未来のために今決意する強さだ。
そうだ、そうなのだ。
自分に必要なのは、夢でも意志でもなく、決意する強さなのだ。でなければ、自分の情報が外に漏れていく。届いてはいけない場所に情報が届いてしまう。そして、誰もが牙を剥いてきて、関係のない人達を殺めていく。
今更身を隠して夢を叶えようとしても、遅いのかもしれなかった。クリスを知った者を全て排除しなければ平穏は一生来ない。きっとそれは、別人を演じたとしてもそうなのだ。
「……やっぱり無理か」
笑う。一瞬でも穏やかな輝かしい日々を夢見た自分が馬鹿らしかった。この命は血濡れている。生き続けるだけで誰かが死に、誰かを殺さなければならない。そんな中で演劇など、できるわけもないのだ。ずっと日影にいるべきなのだ。そうすべきだと見えない何かに嘲笑われている気がした。
ぐ、と手を握りしめる。脳裏に笑顔の友人を思い浮かべる。舞台の上にいれば、あの笑顔に近付ける気がした。あの笑顔がずっとそばにいる気がした。
あの笑顔を、ずっと思い出していたかった。
「……幸せに、なりたいよ」
君の笑顔のそばにいたい。君の作り出した劇の中にいたい。それが叶えられたのなら、と思っていた。それだけで良いと思っていた。けれど、それすら傲慢だったのだ。無茶だった、願ってはいけないことだった。
手のひらに爪が食い込む。その手へ、コーディリアの手がそっと重なった。ハッと顔を上げる。目が合った。
まだ、生きていた。
「……クリス」
コーディリアが細い声で名を呼んでくる。血を被った頬を拭いつつ、クリスはそっと手を添えた。
「リア」
震えながらも発された響きに、耳を疑う。
「……え?」
「あなたの、名前」
柔らかに微笑みながら、彼女は細い声で言った。
「……どうか、夢を諦めないで」
「……コーディリア」
それは、まるでクリスの考えていたことを読み取ったかのような。
「……あなたには、それを叶える実力が、意志が、ある」
「……けど、わたしは」
「それを、最後まで見守ってあげられなくて、ごめんなさい」
コーディリアは笑っていた。きっと何も見えていないだろう目は宙を彷徨い、呼吸の仕方を忘れたかのような胸の動きは段々と浅くなっていく。それでもクリスの手に重ねた手はそのまま、微笑んだ頬もそのまま、彼女は。
瞬きが止まる。胸の上下が収まる。頬に添えていた手を滑らせ、クリスは動きを止めた瞼に触れた。それをゆっくりと下ろし、笑んだまま固まった瞳を隠す。手を離し、クリスは日差しの差し込む中横たわる彼女を見つめた。
閉じた瞼にあたたかな日の光を受けたその姿は、楽しげな夢を見ている乙女を思わせた。