第2幕
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[Act 2, Scene 3]
いつだって目的は情報だった。情報は腐らず、一定の価値が保たれ、正しい相手に渡せば相応の額になって懐に返ってくる。懐の金が増えれば次の行動への資金になる。金だけではない、得られた情報によっては自身に迫る危機を察知することも可能になるし、敵を陥れる道具にもなる。次のための今。このやり方は一人で世界を渡るようになってから身につけた資金調達技術であり、自己防衛技術だ。
「虎、ねえ?」
バーの席でグラスを傾けながらクリスは適当に相槌を打った。隣の席にいるのは政府の人間、それも異能に関する部署の人間だ。最近どこかで知り合って、最近なぜか飲みに誘われる。
経緯などどうでも良い。重要なのはその口が漏らす情報だけだ。彼はクリスが最初に演じた通り、酒に弱い若造だと思っている。回数を重ねた結果少しの酒で記憶がなくなるというクリスの設定に慣れてきたこの男は、クリス相手に情報満載の愚痴を垂れ流すようになった。
「馬鹿馬鹿しいだろう? ヨコハマだぞここは。動物園じゃないしジャングルでもない。しかも人を食うとも言われている」
「何だかファンタジーだねえ」
「そうだ! 現実味がない。こんなふざけた話にも我々は業務として接しなければいけないんだ、馬鹿馬鹿しい」
聞くところによると、その人喰い虎なるものは場所を転々としつつ畑を荒らしたり人を襲ったりしているらしい。目撃者がいる時点でそれが虎であることは間違いないだろうが、しかし犬でも猫でもなく虎とは。
――虎、か。
「どこかの動物園から逃げたの?」
「確認したがその可能性はない。ったく、猪の見間違いだろうよ。何でもかんでも異能力関係にしやがって」
ふうん、と相槌を打ちつつグラスの中の液体を飲み干せば、りんごの香りが鼻を突いた。ただのジュースだ。無法地帯を彷徨う時期もあったので酒を飲んだ経験はあるが、それとこれとは話は別というもの。せっかく流れ着いた街で飲酒などという理由で捕まるのは嫌なので、相手の目をかいくぐって水やジュースをそれっぽく飲んでいる。
「見間違うかなあ。なーんか怪しいね。政府の動きを操作するためにわざと『虎』っていう噂を流したとかは?」
「ほほう鋭いな少年、悪くない推理だ。ポートマフィアが一枚噛んでるらしいし、あながち間違いとも言い切れないな」
顔を赤くし、男は尚も酒を煽る。
「詳しいことは知らんがな。ポートマフィアと言えば最近は野蛮な異能者が出てきてあちこちを破壊し回るもんだから、やってらんねえよ」
「新人でも入ったの?」
「新人かは知らねえが、最近は特に名前を良く聞く。何だったっけな、えーと、阿賀川、朝日川、うーん」
「『あ』と『川』しかわかんないじゃーん」
へへ、と酔ったふりをして笑って見せれば、男もまた豪快に笑い声を上げた。
おそらくその名は「芥川」である。最近仕入れる情報によく名前が上がるので調べたのだ。あちこちでその名に関する情報が入手出来たあたり、かなり有名らしい。が、その詳細は依然として不明瞭なままだった。
「どんな異能力なの?」
「鎌か鞭か何かでコンクリートを割るような、凶悪な殺人マシーンだっていう話だ。見た奴はみんな死んじまっていないらしいがなあ、ひひッ」
「そりゃ誰も知らないわけだ、へへッ」
相手に合わせて笑っておく。
やはり詳細は不明か。どこを調べても、殺戮に特化しているということくらいしかわからなかった。ポートマフィアという組織が厳重なのか、芥川というそれが外部に情報を流さないよう手を回しているのか。あの情報屋なら何か持っているだろうか。
これ以上この場にいても何も得られなそうだ。酔った振りでテーブルに手をつき、よろりと立ち上がる。
「あーおっちゃん、おれもう限界だぁ。帰るわー」
「んだよ弱えなあ、金は払っとくよ」
「いつもあんがとねー」
「誘ったのこっちだからな、ガキの支払いくらい任せとけって」
「さっすが未来の官僚様、頭が下がらねえ」
「そこは下げろよ!」
ぎゃんと喚いた男へと「冗談だよ」と言い、軽く手を振りながら店の出入り口へと向かう。扉に手を掛けようとした瞬間、二人組が店の中に入ってきた。何かを探すように店内を見回しながら入ってきた彼らを横目に、店を出る。
扉を閉める直前、ガシャン、と大きなものが床に崩れ落ちる音が聞こえた気がした。悲鳴が外にも聞こえてくる。
「他の情報網を探すか」
やはり政府ともなると、それなりの階級の人間でないと情報網としては弱い。しかし上層部の人間はその地位が示す通り口が堅い。下手に近付けばこちらの身が危うくなる。
さて、どうしようか。
街灯がちらつく路地を歩きながら、手に隠し持っていた錠剤をポケットに押し込める。あの男、どうやらクリス以外にも情報を外部に垂れ流していたらしい。その口の軽さに上が気付くのも時間の問題だったというわけだ。
先程店に入っていった二人組を、彼らの腰に隠されていた武器を思い出す。
政府支給の、拳銃。
「……楽しかったよ」
それは本人には届かないさよならの言葉。
情報漏洩の疑惑で捕まった政府関係者が移送中に毒死したと報道されたのは、それから二日後のことである。